CSCE人権レジームの研究
「ヘルシンキ宣言」は冷戦を終わらせた

宮脇 昇

冷戦期の欧州国際政治史の中で、そのターニングポイントとなったCSCE(欧州の安全保障と協力に関する会議)の人権レジームにみられる東西間の対立と強調が織りなす国際関係の研究書。(2003.2)

定価(本体4,800円+税)
  
ISBN978-4-87791-118-9 C3031

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 はじめに
 略語一覧/付記および用語説明/図表所在一覧
序 章 本主題の問題認識と本書の構成……27

第1部 本研究の理論的視座

第1章 CSCEと人権……33
 第1節 アクター 〔33〕
  第1項 西側 〔33〕
  第2項 東側 〔35〕
  第3項 N+N諸国 〔38〕
  第4項 NGO 〔38〕
 第2節 問題領域 〔39〕
  第1項 人権 (〈人の移動〉・〈情報の浸透〉を含む) という問題領域 〔39〕
  第2項 東西の人権観の差異 〔40〕
 第3節 CSCEの政治的性格と交渉スタイル 〔46〕
  第1項 CSCEの政治的性格 〔46〕
  第2項 CSCEの交渉スタイル 〔49〕

第2章 CSCE人権レジームへの接近方法……55
 第1節 レジームとは何か 〔55〕
  第1項 レジーム論は何を明らかにするか 〔55〕
  第2項 CSCEレジーム論の先行研究 〔57〕
  第3項 CSCEレジームの分類と本研究でのアプローチ 〔60〕
 第2節 問題構造アプローチと認知的アプローチ 〔67〕
 第3節 状況構造アプローチ 〔68〕
  第1項 非対称型レジームとは何か 〔68〕
  第2項 非対称型レジームの形成・定着・発展・衰退過程の考察 〔77〕
 第4節 本書におけるCSCE人権レジーム分析の変数 〔88〕

第2部 冷戦期のCSCEの動態
 ―人権規範はどの程度守られたか, あるいは守られる必要はあったのか―

第3章 レジーム形成過程 ―1972年〜75年―……95
 第1節 CSCE開始に至る過程 〔95〕
  第1項 ヘルシンキ宣言以前のソ連の人権問題(1970年代前半を中心に)〔95〕
  第2項 東側の人権問題に対する西側の姿勢の変遷 〔104〕
  第3項 西側の思惑と東側の戦略の交差 〔106〕
 第2節 CSCE本会議での交渉過程と各変数 〔115〕
  第1項 西側(アメリカ, 西独)の外交政策 〔115〕
  第2項 各問題領域別の東西間交渉 〔118〕
 第3節 名目的合意としてのヘルシンキ宣言の構成と実質的合意 〔122〕
  第1項 名目的合意 〔122〕
  第2項 実質的合意の不在 〔124〕
 第4節 促進的レジームの形成と非対称型レジームの形成 〔127〕
  第1項 促進的レジームとしてのヘルシンキ宣言 〔127〕 
  第2項 非対称型レジームとしてのヘルシンキ宣言 〔129〕

第4章 レジーム第一期定着過程 ―1975年〜79年―……141
 第1節 ヘルシンキ宣言後のCSCE人権レジームの分析方法 〔141〕
 第2節 ベオグラード再検討会議と会議をめぐる情勢 〔142〕
 第3節 西側アクターの人権外交とレジームの持続性 〔143〕
  第1項 アメリカ 〔143〕
  第2項 西独 〔145〕
 第4節 NGOの動向とレジーム 〔148〕 
  第1項 NGOの国内活動の開始 〔148〕
  第2項 人権運動の国際化 〔149〕
 第5節 東側アクターとレジームの有効性 〔151〕
  第1項 ソ連 〔151〕
  第2項 ポーランド 〔157〕
  第3項 東独 〔158〕
 第6節 ヘルシンキ宣言の政治的性格の変化 〔159〕

第5章 レジーム第二期定着過程 ―1980年〜85年―……167
 第1節 マドリッド再検討会議 〔167〕
  第1項 マドリッド再検討会議と最終文書 〔167〕
  第2項 ベルン・オタワ両専門家会議での議論と成果なき閉幕 〔171〕
 第2節 西側アクターの人権外交とレジームの持続性 〔172〕
  第1項 アメリカ 〔172〕
  第2項 西独 〔174〕
 第3節 NGOの動向とレジーム 〔176〕
 第4節 東側アクターとレジームの有効性 〔179〕
  第1項 ソ連 〔179〕
  第2項 ポーランド 〔182〕
  第3項 東独 〔183〕
 第5節 第二期定着過程の不安定性 〔185〕

第6章 レジーム発展過程 ―1986年〜89年―……195
 第1節 ウィーン再検討会議と最終文書の結実 〔195〕
  第1項 東側の団結の弛緩と提案の成否 〔195〕
  第2項 ウィーン最終文書の内容 〔199〕
 第2節 西側アクターの人権外交とレジームの持続性 〔201〕
  第1項 アメリカの人権外交の転換とCSCE 〔201〕
  第2項 西独の外交 〔203〕
 第3節 NGOの役割 〔204〕
 第4節 東側アクターとレジームの有効性 〔208〕
  第1項 ソ連 〔208〕
  第2項 ポーランド 〔211〕
  第3項 東独 〔212〕
 第5節 履行的レジームへの発展と対称型レジームへの道程 〔214〕

第3部 CSCE人権レジームの「光」と「影」の変転

第7章 レジームを変えた人権NGO
  ―モスクワ人権会議開催の条件とされたNGOのソ連入国―
……227
 第1節 モスクワ人権会議提案とそれに対する西側の対応 〔227〕
 第2節 IHF訪ソ決定後のIHFの戦略とソ連の対応 〔234〕
 第3節 IHFの訪ソ 〔236〕
  第1項 IHFの訪ソ団の構成と会見対象者 〔236〕
  第2項 モスクワ人権会議提案をめぐるIHFの認識 〔237〕
  第3項 〈第七原則〉についてのIHFとソ連政府の意見交換 〔238〕
  第4項 プレスクラブ・グラスノスチの扱いをめぐるIHFとソ連人権公的委員会との論争 〔240〕
 第4節 IHF訪ソはレジームをどう変えたか 〔244〕

第8章 東側の反撃と挫折 ―〈青年交流・スポーツ交流〉の分野は,
    〈人の移動〉に対抗しえたか―
……251
 第1節 問題領域の性質とレジーム形成過程 〔251〕
  第1項 問題領域の性質 〔251〕
  第2項 議題の設定 〔252〕
  第3項 〈人の移動〉(家族の再結合, 私的・職業上の旅行)〔253〕 
  第4項 〈青年交流・スポーツ交流〉〔254〕
 第2節 レジーム定着過程 〔257〕
  第1項 レジームの持続性 〔257〕
  第2項 レジームの有効性 〔259〕
 第3節 レジームの移行期及びレジーム発展過程 〔261〕
  第1項 ベルン人的接触専門家会議(1986年4月〜5月)〔261〕
  第2項 ウィーン再検討会議での各国の提案と議論 〔262〕
 第4節 東側の意図はなぜ挫折し, 変化したのか 〔265〕

第4部 CSCE人権レジームの性格と変容の全体像

終 章 本研究の総括……273
 第1節 問題構造アプローチからみたCSCE人権レジーム 〔273〕
 第2節 認知的アプローチからみたCSCE人権レジーム 〔277〕 
 第3節 非対称型レジームとしてのCSCE人権レジーム(状況構造アプローチ)〔278〕
  第1項 レジームの形成過程 〔278〕
  第2項 レジームの第一期定着過程 〔280〕
  第3項 レジームの第二期定着過程 〔281〕
  第4項 レジームの発展過程 〔282〕
 第4節 「紙の上の自由」の変遷 〔283〕

おわりに 〔291〕

   資料/CSCE関連略年表/主要参考文献・インタビュー/索引



宮脇 昇
早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程単位取得, 博士 (政治学).
松山大学法学部助教授
主要著書:Die Europische Sicherheits- und Verteidigungspolitik: Positionen, Perzeptionen, Probleme, Perspektiven (共著 Hans-Georg Ehrhart (Hrsg.), Nomos Verl.-Ges., 2002), 『ヨーロッパ国際体系の史的展開』 (共著 臼井実稲子編, 南窓社, 2000年), 『国際安全保障の新展開』 (共著 山本武彦編, 早稲田大学出版部, 1999年) など.



は じ め に


 冷戦が終わってはや十数年の歳月が経過し, 人々の冷戦への意識は風化し始めている. 冷戦の中で隠されていた問題, 例えば民族問題や環境問題が冷戦後に大きな難題となって浮上してきたことに, 冷戦後の世界の激変を感じるとともに, かつての東側の政治経済体制, 思想, 行動様式といったものは忘れさられつつある.
 本書は, 冷戦とは何であったか, という学問的評価及び社会的評価が定まりつつある今日において, 敢えて再び冷戦とは何であったか, 何が求められ, 何を求めた時代であったのか, 冷戦はどのようにして終わったのか, という問いを内包している. そして冷戦終焉に密接に関係しているといわれる, 欧州のCSCE (欧州の安全保障と協力に関する会議) の人権レジームにみられる東西間の対立と協調が織りなす国際関係を研究したものである.
 皮肉なことに, 冷戦後の世界では, 冷戦研究をする環境が整備されつつあり, まだ不十分とはいえ各国の外交文書が続々と公開されている. その好機に恵まれた現在, 冷戦期の欧州国際政治史の中でそのターニング・ポイントとなったCSCE誕生以降, 各国がCSCEに, いつ, 何を期待し, あるいは失望したかを再検討することは, CSCE研究のみならず, 広く国際政治学にとっても重要な課題であると考える. 折しも, CSCEの最終議定書 (ヘルシンキ宣言) 調印25周年の節目の年を越え, ヘルシンキ宣言のもつ光と影の両側面を検証するには絶好の時機が始まった.
 本書執筆にあたっては, 数多くの方々のご協力を賜った. 本来は, 本書にかかわった全ての方々のお名前を挙げてお礼を申し上げるところであるが, 紙幅の都合上, 特にご指導頂いた方々にここでお礼申し上げたい.
 本書の執筆に際して, アメリカと欧州各地で筆者が行ったインタビュー・リサーチに大いに助けられた. ユーゴスラビア空爆後の混乱の中, ユーゴスラビアの元CSCE代表団代表のアチモビッチ博士にインタビューする機会を得たことは, 望外の喜びである. アメリカのP・ハース博士 (マサチューセッツ大学), ホーフラー博士 (メリーランド大学), ドイツのシュロッター博士 (フランクフルト平和研究所), マイヤー博士 (チュービンゲン大学) には国際レジーム論の有意性と手法について学ぶことが多かった. アメリカの国務省元高官のリスター氏, 議会ヘルシンキ委員会のシュレーガー氏とのインタビューも実り豊かなものであった. アメリカでのインタビューに際しては, USIA (アメリカ文化情報局) 及び東京アメリカン・センターにご協力を頂いた. 人権NGOではブダペストの 「オープン・ソサイエティ・アーカイブス」 においてIHF (国際ヘルシンキ人権連盟) の資料の閲覧をすることができた. 他にも, かつてミュンヘンにあった 「自由ヨーロッパ放送」 のアーカイブでは, 訪れる度にスタッフの方々にたいへん親切に対応して頂いた. また, 『人民日報』 の翻訳にあたっては, 中国の若きCSCE研究者である陳須隆氏 (北京大学国際関係学院) から全面的な協力を得た. CSCE研究専門家として名高いツェルナー博士を始めとする, ハンブルク大学附属平和研究・安全保障政策研究所 (IFSH) の 「OSCE研究センター」 のスタッフからは, 多くの貴重な指摘を得た. 2001年7月〜8月に, OSCE事務局プラハ事務所にて 「現地研究員」 として研究滞在したことも研究の進展に大いに役立った.
 指導教授の早稲田大学大学院の山本武彦教授からは, 大学院入学以来, 公私にわたってご指導を頂き, 国際政治学の薫陶を受けた. 山本先生には, 国際レジーム論や国際政治学からのCSCE研究の注意すべき重要な点について, 長きにわたり指導を受ける幸運に恵まれた.
 日本におけるCSCE研究の碩学である吉川元教授 (神戸大学) には, 多忙のなか本書の草稿に目を通して頂き, 細部にわたって貴重なご助言を頂くとともに, 幾多の批判を仰いだ. これらの多くのご助力とご助言を頂いた方々に, この場を借りてあらためてお礼を申し上げたい.
 また, 昨今の厳しい出版事情にもかかわらず, また遅々として進まぬ執筆にもかかわらず, 本書の刊行を終始支援し協力して下さった国際書院の石井彰社長に深く感謝する. 本書のうち, 早稲田大学出版部から刊行された 『国際安全保障の新展開』 (山本武彦編) に掲載の拙稿の転載について, 早稲田大学出版部及び早稲田大学現代政治経済研究所からご快諾を頂いた. あらためてここに謝意を表したい.

  2002年11月7日
宮 脇   昇 


お わ り に

 これまで4部構成, 全9章にわたって, CSCEの人権レジームの形成, 定着, 発展の各段階の動態をアクター, 問題領域ごとに分析してきた. 冷戦期のCSCEの評価はまだ定まりつつある段階に過ぎず, 本研究がCSCEの歴史的評価に僅かでも貢献できれば, と思う次第である.

 ところで, 本書は, 2000年3月, 早稲田大学大学院政治学研究科に提出した学位論文を基礎として, その後に得られた資料 (史料) をふんだんに取り込むとともに, 非対称型レジームとしての分析の観点から内容を練り直したものである.
 ただしその中には, 今まで既に学会誌や雑誌紀要などに発表した論稿を大幅に書き直した部分も含まれている. そこで, 各章のベースとなった初出をここに記しておきたい.
 第2章の一部については, 「国際レジームにおけるNGOアクター」 『国際政治』 119号, 1998年.
 第2章第3節については, 「安全保障と人権のリンケージ」, 山本武彦編, 『国際安全保障の新展開』, 早稲田大学出版部, 1999年.
 第3章  「CSCEの人権レジームの形成と発展 (1)」 『早稲田政治公法研究』 47号, 1994年.
 第4章  「CSCEの人権レジームの形成と発展 (2)」 『早稲田政治公法研究』 48号, 1995年.
 第5章  「CSCEの人権レジームの形成と発展 (3)」 『早稲田政治公法研究』 50号, 1995年.
 第6章  「CSCEの人権レジームの形成と発展 (4)」 『早稲田政治公法研究』 52号, 1996年.
 終章第3節の一部については, 「安全保障と人権のリンケージ」, 山本武彦編, 前掲書.
 年表部分については, 「冷戦期欧州の人権年表」 『松山法学』 2号, 2001年.

 本研究の遂行は, 多くのすばらしい環境に恵まれていた. 本研究を実施するにあたっては, 文部省の科学研究費特別助成・奨励研究 (Α) 及び松山大学特別研究助成を受けることができた. 本研究はこれらの成果の一部であり, あらためてここで謝意を表したい.
 また, 本書のうち, 第8章は, 1997年度日本国際政治学会秋季大会にて報告したものをもとにしている. また, 第3章〜第6章の内容については, 1995年度同学会春季研究大会にて報告した成果を受けたものである. 他にも幾つかの研究会で本書の一部の内容を発表する機会を得て, 多くの方々のご批評を頂いたことが本書の作成に多くの実りをもたらした.

 なお, 筆者として次の点で読者諸氏に付言をしておかねばならないことがある. まず, 本書の副題 「『ヘルシンキ宣言』 は冷戦を終わらせた」 という表現について, それは, ヘルシンキ宣言が冷戦を終わらせた主要な要因の一つに過ぎないということである. ヘルシンキ宣言のみならず, 米ソの軍拡競争とその後の軍備縮小, あるいはソ連の経済的疲弊, 社会主義体制自身に内在する諸問題も, 冷戦を終わらせたと推測される要因として位置付けられよう. そうした意味で本書の副題はいくらかシンボリックな表現であることをお断りしておきたい.
 また, 本研究の内容については, できるだけ多くの資料 (史料) にあたったつもりではあるし, 学界の新しい理論や展望を取り入れたつもりではある. しかし, 外交文書が公開されてきたとはいえ, それが全てではないことを考慮すると, 冷戦期のCSCE研究はこれからも更に発展する分野であると考える. 本書もこのような限界を超えているわけではない. また, 筆者が収集できなかった重要な資料, また筆者が面会を希望した時点で既に他界された方々や連絡先が分からずインタビューできなかった方々がいらっしゃることを思い, 本書がCSCEの人権レジーム研究として, まだまだなさねばならない幾多の課題を残していることを告白せねばならない. しかし, 資料 (史料) が全ての問題に対する答えを提供しないことも事実である. リボー (Richard N. Lebow) が論文 「比較の視点からみた冷戦の興亡」 (英国国際関係学会 『国際関係批評』 1999年12月特別号) で指摘するように, 資料 (史料) に恵まれている第一次世界大戦の研究でさえ, その開戦の理由については多くの論争が残っているのだから, 冷戦研究も資料 (史料) やインタビューのみで答えが導かれることはないだろう.
 また, 若輩者ゆえに感じる限界もある. 私の記憶の中では, アメリカのニクソン政権, あるいはソ連のブレジネフ政権以降しか冷戦を経験していない. むろん, 歴史家が研究対象の時代に実際に生きている必要はないし, 歴史家の視点はそれぞれの時代の中でそれぞれの位置をもつものであるから, 私も冷戦期のCSCEの研究を行う際に私の誕生の時期にこだわる意味はないだろう. しかし, それでも, 私がもう少し早く生まれていたならば, 当時の時代精神やCSCEの全体像にもっと正確に, 包括的に接近することができたかもしれないと感じることがある. 冷戦後になって明らかになった冷戦期の事実と, 冷戦期にしか感じることができなかった冷戦の空気の双方を求めるのは, わがままな望みかもしれないと思いつつ, ここに本書を世に問う次第である.

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