中国における「一国二制度」とその法的展開 香港・マカオ・台湾問題と中国の統合

金永完

北京政府の「一国二制度」論について、香港、マカオ問題の解決の道筋をたどりつつ、法的諸問題に軸足を置き、国際法・歴史学・政治学・国際関係学・哲学的な視点から文献・比較分析をおこない、解決策を模索する。 (2011.3.12)

定価 (本体5,600円 + 税)

ISBN978-4-87791-217-8 C3031

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目次

著者紹介

著者紹介

(キム)(ヨン)(ワン) (YOUNG-WAN KIM)

学歴・経歴

主要著作

ほか多数

まえがき

はしがき

「分久必合、合久必分」(天下の大事を言えば、分裂が長くなると必ず合せられ、統合が長くなると必ず分裂する)と『三国志演義』に記されている通り、中国の歴史は「分裂と統合」の反復の歴史と言ってよかろう。1949年、蒋介石の率いる国民党が共産党に敗れて台湾に移住して以来、北京政府と台北政府は相互に激しい競争を重ねてきた。最近海峡両岸における極端な対立の様相は緩和しつつあるが、依然として対立の一面が潜んでいることは否定しえない事実である。ただし「分裂と統合」の反復の歴史と象徴される中国の歴史からすれば、中国は現在、まさに統合の途上にあるとも言いうるであろう。

1970年代末、北京政府は国内外の情勢の変化に伴い、武力による台湾解放を試みることはないと述べた。それとともに平和的な交渉による中台統一を達成するために、「一国二制度」の方針・政策を打ち出した。このように「一国二制度」は台湾を狙って講じられた統一の方策であるが、中台分裂が長引く中で、台湾に先んじて香港およびマカオ問題の解決に適用され、その結果両地域は1997年および1999年に、それぞれ中国に返還された。「一国二制度」によって香港およびマカオ問題を解決した中国は、台湾問題に関してもこの方策を適用しようと望んでいる。それゆえ現在では、海峡両岸の多くの学者は、香港およびマカオ方式に基づく中台統一の可能性に高度の関心を寄せている。

以上のような中国歴史の流れを念頭に置きながら、本書で筆者は、「一国二制度」理論の思想的な内容を重視するとともに、「一国二制度」の法的諸問題を分析し、それに基づいてこの問題の解決策の模索をおこなうことにする。したがって香港およびマカオ問題の解決に当たって生じた具体的な法的諸問題および、中台関係に内在する法的諸問題を綿密に検討し、それに基づいて今後中国が、「一国二制度」による中台統一を試みる際に直面するであろう諸問題を指摘し、その改善策を求めることにする。このために本研究では、香港およびマカオ問題と台湾問題との比較の観点から分析を踏まえ、「一国二制度」にかかわる他のさまざまな法的問題の究明に当たることにする。もちろん本稿は、批判のための批判ではなく、建設的な未来像を提示することを旨とし、海峡両岸の統合は平和的な手段を通じてなされるべきであるという認識に立ち、これまでの中台関係、及びその未来のあるべき姿について、新しい角度からの分析・解明を志向するものである。

本研究は「文献分析法」(documentary analysis)に基づいておこなわれる。中国側のいう「一国二制度」の内容を正確に把握するために、本書では、中国政府による各種の公的文書だけではなく、中国内陸の学者および香港・マカオの学者によって出版された各種書籍、論文、雑誌、新聞等の第一次資料を、議論の根拠としている。また台湾で発行されたさまざまな文献の収集を通じて、「一国二制度」に対する台湾側の立場を幅広く反映するよう努めた。さらに一層客観的な視座に立った分析をおこなうために、海峡両岸以外の地域で出版された資料をも幅広く参考にした。

多くの言語による資料を併用したことは、偏りの抑制および分析の視角の衡平性と直接にかかわっている。従来の研究では、感情的な態度に影響されたり、一方の政策擁護に終始して、結果的に論議の公平を欠く例が少なくなかったが、ここでは特に中台関係に関する論議にありがちなこの種の限界を止揚するために、例えば「一国二制度」構想に対する中国政府および学者の立場を論じる際には、台湾社会におけるさまざまな意見をも幅広く紹介することにより、議論の衡平性を保つよう努めた。

さまざまな文献を分析・引用するに当たり、本書では以下の点に留意して注をつける。周知の通り、中国大陸では「簡体字」が、台湾では「繁体字」が通用されている。ところで中国大陸でも、香港、マカオ、厦門等の地域では、依然として「繁体字」が用いられている。これらの資料によって注をつける際には、便宜上日本式の漢字に直さなければならないが、本論文では原文通りに表記する。中国、台湾、韓国、日本で使われている漢字には、相互に相違が存在するものの、いずれも「漢字」であるという事実には変わりない。日本では「簡体字」に見慣れていない人も多いが、「簡体字」が世界人口の4分の1に当たる13億の人々によって使われている事実を蔑ろにすることはできない。「簡体字」は古典的な風雅の趣には欠けているが、数億の人民を文盲から脱却させるという貢献を果たしているのである。以上を念頭に置き本論文では、文献の出所(出版された地域を含む)を明確にするために、日本式の漢字に直さず原文通りの注をつけることにする。「一国二制度」に関する海峡両岸の資料は、相互に対立した立場に立っている場合が多いが、これらの資料を画一的に「簡体字」、「繁体字」または「日本式の漢字」に表記するのは、非合理的であると考えられるためである。

本稿はまた、「一国二制度」の方針・政策が形成されて以来、それが中国の現実の中で実現されていく時の流れ(chronological order)に沿って叙述される。例えば「一国二制度」の構想は、もともと台湾問題を解決するために打ち出されたものであるが、台湾に先んじて香港およびマカオ問題に適用された。したがって本論文は、「一国二制度」の構想が最初に適用された香港問題について分析をおこなった後、マカオ問題、最後に台湾問題といった順で分析をおこなう。

以上のような「文献分析法」(documentary analysis)により年代順(chronological order)になされる本研究は、議論をダイナミックにするために、「比較分析法」(comparative analysis)を通じて展開されている。例えば香港・マカオの「回帰」に関わる法律的な側面を相互に比較し、これを基礎に海峡両岸における立場の相違の比較および、香港・マカオ問題と台湾問題との比較をもおこなった。また台湾問題について論じる際にも、海峡両岸における立場の相違を比較すると同時に、香港問題およびマカオ問題に照らして台湾問題に関する法的分析がおこなわれている。このように本研究は、比較法的な方法論に即したものである。

本研究はまた、「一国二制度」の実施によって香港およびマカオと中国大陸が、再び「統合される過程」において生じた法的諸問題の分析に焦点を置き、法的議論がコンクリートであり、かつダイナミックになるよう配慮した。例えば、香港(マカオ)「回帰」の問題を扱うに当たっては、「中英交渉」(中ポ交渉)、『中英共同声明』(中ポ共同声明)、『香港基本法』(マカオ基本法)の三つの段階に分けて、香港(マカオ)が中国と英国(ポルトガル)との相互作用により、徐々に中国と合一していく過程において生じた諸問題を、法的な観点から分析をおこなった。このように本論文は、香港・マカオが中国に「回帰」する過程を法的な観点から分析しているため、香港およびマカオの法的地位がどのように変化していったかという点にも、十分な配慮をおこなっている。中台関係に関する法的分析についてもこの点に留意し、中台関係が変化していく過程を注視しながら、海峡両岸における乖離を縮めるために必要な共通点を見出すことに努め、かつ分裂から統合に至る過程について、法的な観点から光を当てた。

「統合の過程」において生じる種々の法的問題の分析に万全を期すため、本論文は特別な章<補論>を設けて、香港・マカオ特別行政区基本法の法的諸問題、中国内地と香港・マカオにおける法律衝突の問題、そして中国の国家形態と海峡両岸の統一の問題に関する厳密な法的分析をおこなった。

さらに「一国二制度」による中国の統合という問題は、単に法律の問題だけではなく一国の政治的命運にかかわる問題であるということを念頭に置き、本論文では学際的な(interdisciplinary)立場から、関係分野の知識を大幅に援用することにした。例えば中国憲法と香港・マカオ基本法、そして香港・マカオ特別行政区の法的地位に関する分析は、憲法学および法解釈学などを用いておこなわれている。そして香港、マカオ、台湾に対する主権の帰属問題についての分析は、歴史学、国際政治学および国際法の観点から光を当てている。また「一国二制度」の理論的根拠には、「平和共存」の原則、唯物弁証法、マルクス主義の国家論、レーニンの「利用資本主義」の戦略思想、そして唯物史観などがあるため、これに関する思想的、哲学的な分析を怠らないように努めた。さらに「一国二制度」構想の背景、中英交渉、中ポ交渉、中台関係の変化などには、国内・国際政治的な要素が大いに含まれているが、このような政治的な色彩の濃厚な部分では、政治学および国際関係学の知識を大幅に援用するよう努めた。「一国二制度」の実施過程に伴う法的諸問題に関する検討は、上述のような方法意識を以て初めて可能であると確信している。

本書は次のように構成されている。第一章では、「一国二制度」理論の形成と展開について検討がなされる。本章でおこなう分析の対象は、「一国二制度」の概念および内容、「一国二制度」構想が登場した国内外の背景、そして「一国二制度」の思想的根拠等である。

第二章では、香港問題が「一国二制度」の構想によって解決されていく過程を、法律の観点から分析する。このため、香港に対する主権の帰属の問題、「中英交渉」、『中英共同声明』、『香港基本法』などに関し、詳細にわたる分析をおこなう。また中国に返還されることにより、中国の一つの特別行政区となった香港の法的地位を考察する。

第三章は、香港返還の2年後に中国へ返還されたマカオに関する検討である。本章ではマカオ問題と香港問題との相違点、マカオに対する主権の帰属につき分析をおこない、マカオ問題が解決される過程に見られるさまざまな法的問題を指摘する。これに当たって「中ポ交渉」、『中ポ共同声明』、『マカオ基本法』を、「中英交渉」、『中英共同声明』、『香港基本法』と比較・対照し、その相違点を見出している。またマカオ特別行政区の法的地位、マカオにおける法律の「本土化」の問題についても検討をおこなう。

第四章では、第二、三章で分析した香港およびマカオ問題に基づき、中台関係における法的諸問題を考察する。これに当たり本章の研究は、香港・マカオにおける「一国二制度」が台湾に適用される場合に、如何なる問題が生じうるかという問題を念頭においておこなわれている。このために先ず、台湾問題の香港およびマカオ問題との相違点を比較・分析する。そして台湾に対する主権の帰属問題にかかわる諸国際協定を分析し、かつこの問題に対する海峡両岸の立場を客観的に叙述し、周辺国の立場をも紹介する。また「一国二制度」の前提と見なされている「一国」すなわち「一つの中国」をめぐる海峡両岸の立場及び、台湾における「一つの中国」の変容について考察をおこなう。さらに台湾において台頭しつつある「一つの中国」論からの脱却に関するさまざまな議論を紹介する。

終わりにでは、「一国二制度」の方針・政策による中台統一の可能性および、この方針・政策に基づいて統一を達成するための方策には、如何なるものがあるかについて考察をおこなう。なお海峡両岸関係の位置づけに関する、新しい解釈をも試みる。

最後に、特別に設けられた章である〈補論〉では、上記の各章においておこなわれた法的分析の論理的な流れが断絶しないように説明を極力控えていた「一国二制度」の法的諸問題、すなわち香港・マカオ特別行政区基本法の法的諸問題、中国内地と香港・マカオにおける法律衝突の問題、ならびに中国の国家形態と海峡両岸の統一といった事項について、分析・考察をおこなう。

本研究は、中国法律学における最高の学府の一つである中国政法大学で研究に専念できるようにしていただいた私の恩師眞田芳憲先生(中央大学)、ならびに翠夫人の全面的なご支援の下でおこなわれた。筆者を中国へ留学させ、最後まで信頼していただいた眞田芳憲先生には感謝のしようもない。中国政法大学では、香港基本法の起草者のお一人でいらっしゃる廉希聖先生(憲法)、そして私を受け入れてくださった華夏先生(憲法)にお世話になった。また執筆の際には、私の国際大学(IUJ)の恩師黒田寿郎先生と黒田美代子先生(駒澤女子大学)から多くのご助言・ご指導をいただいた。近くにて常に励ましていただいた黒田先生ご夫妻に、心から深く感謝を申し上げたい。また私の中国本土・香港・マカオ・台湾などでの研究生活を可能にしていただいた齋藤法明先生、瀬田照道先生、齋藤玄照先生に深甚な謝意を表す次第である。特に物心両面で大いに面倒を見ていただいた齋藤法明先生には、重ねてここに心から感謝を申し上げたい。さらに中国法についての研究ができるように良い環境を提供してくださった中央学術研究所所長篠崎友伸先生、藤田浩一郎先生、ならびに中国人民大学法学院院長韓大元先生(憲法)、莫於川先生(行政法)、中国山東大学法学院院長斉延平先生(憲法)にも、深甚な謝意を表す次第である。最後に、本書の出版を潔くご承諾いただいた国際書院の石井彰社長に心から厚くお礼を申し上げる。

索引

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