平和構築における治安部門改革

上杉勇司・藤重博美・吉崎知典

内外の安全保障、国内の開発を射程に入れた紛争後国家再生の平和支援活動の工程表を展望した「治安部門改革」における理論と実践の矛盾を率直に語り、鋭い問題提起をおこないつつ平和構築を追求した。(2012.8.1)

定価 (本体2,800円 + 税)

ISBN978-4-87791-231-4 C3031 255頁

ちょっと立ち読み→ 目次 著者紹介 まえがき あとがき 索引

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目次

著者紹介

執筆者一覧

上杉勇司〈編者〉 序論、第1章、結論
広島大学大学院国際協力研究科准教授、Ph.D (国際紛争分析)、『変わりゆく国連 PKO と紛争解決平和創造と平和構築をつなぐ』(明石書店、2004年)、『国家建設における民軍関係』(共編著、国際書院、2008年)。
藤重博美〈編者〉 第2章
法政大学グローバル教養学部准教授、Ph.D (政治学)、『国家建設における民軍関係』(共著、国際書院、2008年)、『開発と平和』(共著、有斐閣、2009年)、『アフリカの紛争解決と平和構築』(共著、昭和堂、2011年)。
篠田英朗 第3章
広島大学平和科学研究センター准教授、Ph.D (国際関係学)、『平和構築と法の支配』(創文社、2003年)、『国際社会の秩序』(東京大学出版会、2007年)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、2012年)。
吉崎知典〈編者〉 第4章
防衛省防衛研究所理論研究部長、修士(政治学)、『国家建設における民軍関係』(共著、国際書院、2008年)、『NSC 国家安全保障会議』(共著、彩流社、2009年)、『NATO (仮)』(共編著、ミネルヴァ書院、近刊)。
工藤正樹 第5章、コラム2
国際協力機構エジプト事務所員、博士(国際公共政策)、在アフガニスタン日本大使館、国際協力銀行(OECD/DAC タスクメンバー兼務)を経て現職、『アフリカ開発援助の新課題』(共著、アジア経済研究所、2008年)。
中内政貴 第6章
大阪大学大学院国際公共政策研究科特任講師、博士(国際公共政策)、外務省在外専門調査員(バルカン担当)、国際協力機構対セルビア・モンテネグロ援助調整専門家などを経て現職。
安藤友香 第7章
大阪大学大学院国際公共政策研究科助教、修士(国際公共政策)、「紛争後社会における SSR (Security Sector Reform)―東ティモールの国家建設を事例として」(『平和研究』第32号、2007年11月)。
中澤香世 第8章
元韓国・亜洲大学大学院国際協力研究科客員教授、修士(国際関係論)、在モザンビーク日本大使館経済協力班(草の根無償資金協力事業担当)、内閣府国際平和協力本部事務局研究員などを歴任。
橋本敬市 第9章
国際協力機構国際協力専門員、博士(国際公共政策)、『紛争と復興支援-平和構築に向けた国際社会の対応』(共著、有斐閣、2004年)、新聞記者、在オーストリア日本大使館専門調査員、国際機関「上級代表事務所」政治顧問を歴任。
今井千尋 第10章
国際文化会館・国際交流基金「アジア・リーダーシップ・フェロー・プログラム」2011年度フェロー、MA (国際公共政策)、『アフガニスタン奮闘記―国際協力の新たなかたち』(共著、文芸社、2011年)。

コラム執筆者

室谷龍太郎 コラム1
国際協力機構研究所リサーチ・アソシエイト、MPP (公共政策修士)、国際協力機構無償資金協力部、在ボスニア・ヘルツェゴビナ日本国大使館一等書記官等を経て現職。 Catalyzing Development: A New Vision for Aid (共著、Brookings Press、2011年)。
香川めぐみ コラム3
広島大学平和構築連携融合事業研究員、MS (紛争分析・解決)、内閣府国際平和協力本部事務局研究員を経て現職。「バンサモロ和平の安定をめざして」『広島大学平和構築連携融合事業ディスカッションペーパー』 Vol. 13、2012年3月。
長谷川晋 コラム4
広島大学大学院国際協力研究科博士課程後期、修士・MA (国際関係論)、「平和構築における非国家主体と規範―イラク・アフガニスタンの治安部門における米国の民間安全保障会社を例に―」『国際協力研究誌』第18巻第3号、2012年3月。
古澤嘉朗 コラム5
関西外国語大学外国語学部専任講師、博士(学術)、『アフリカの紛争解決と平和構築:シエラレオネの経験』(共著、昭和堂、2011年)。
片山善雄 コラム6
防衛省防衛研究所防衛政策研究室長、Ph.D (テロリズム)、『テロ対策入門』(共著、亜紀書房、2006年)。
山根達郎 コラム7
大阪大学未来戦略機構特任講師、博士(国際公共政策)、「元戦闘員が再統合される社会の検討―DDR を通じた国家ガバナンスの変容を中心に―」日本国際政治学会編『国際政治』第149号、2007年、141–155頁。
太清伸 コラム8
広島大学大学院国際協力研究科博士課程後期、修士(学術)、「司法能力構築に向けての移行期の正義の戦略的視点:コソボにおける移行期の正義と司法改革の結節から」『国際協力研究誌』第18巻1号、2011年12月、99–110頁。
二村まどか コラム9
国連大学サステイナビリティと平和研究所・学術研究官、Ph.D (戦争学)、War Crimes Tribunals and Transitional Justice: The Tokyo Trial and the Nuremberg Legacy (Routledge, 2008)。

まえがき

序論平和構築における治安部門改革*1

はじめに

平和構築の分野で治安部門改革(SSR)が注目を集めている。たとえば、国連安全保障理事会の議長声明において「効果的で職能的で責任のある治安部門を設立することは、平和と持続可能な開発の基盤を形作る必要な要素の一つである」と言及されたように*2、平和と開発を結びつける平和構築の取り組みのなかで、SSRはその交錯点の活動として認識されるようになった。

SSRとは、国家の治安・秩序維持を担う軍隊、警察、裁判所などの組織やそれらを監視・監督する国会や行政機構などを改革することによって、国家がより適切な形で秩序を維持し、国民が安心して暮らせる社会を作っていくことを目的とした取り組みである。本書では、前者を治安アクター、後者を監督アクターと呼び、治安部門には、治安アクターと監督アクターの双方が含まれると位置づけている。

SSRが必要となる前提には、国内の治安部門が十分に機能していないことがある。たとえば、警察が適切に機能していなければ国内秩序を維持できないだけでなく、警察自身が国民に対する暴力や人権侵害を繰り返すことになりかねない。国民の自国の治安部門に対する恐怖や不信感が募れば、国内治安の不安定化、さらには武力紛争の再発を招くこともある。だから、SSRによって人々が安心して暮らせる社会をつくることは、紛争後社会の安定化へとつながり、紛争の再発を予防する。そのことは、まさに平和構築の重要な目的の一つである。

1 本書の問題意識

(1)SSRに対する関心の高まり

SSRが平和構築における重要な取り組みとして専門家の間で認識されるようになってから日は浅い。それは、これまでの平和構築の取り組みにおいて安全保障と開発という二つの独立したアプローチが統合されることなく存在したためである。

しかし、平和構築の中心的な課題がコソボや東ティモールのように新生国家の建設やシエラレオネやリベリアなど脆弱国家の再建といった取り組みのなかに見出されると、安全保障と開発分野の連携・調整が現実的な課題となり、その両者の交錯点を提供するSSRの重要性が明らかになった。

実際に、内戦に苦しんできた国では、その過程で警察や軍隊といった治安アクターが崩壊あるいは過度に肥大化している場合が多い。武装勢力が群雄割拠するなかで国家の軍隊や警察が十分な能力をもっていないために治安や秩序の維持ができない場合もあれば、軍隊や警察が一般市民にとっての脅威となっていることもある。一部の政治権力と結託し、ときに特権階層の事実上の私兵と化すことで、治安アクターが権力闘争の具となり、紛争を予防するのではなく、逆に分裂や対立を煽ってしまうこともある。

紛争を防げないだけでなく誘引しさえする治安アクターは、「安全保障」の視点からすれば治安改善への大きな障害として、「開発」の観点からすれば、開発の進展を阻害する統治機能の弱さとして、いずれにしても深刻な問題として認識されている。これを放置すれば、たとえ紛争が一時的に終結したとしても、長期的な平和を達成し、持続可能な開発の礎を築くことは困難となろう。こうした観点から、安全保障と開発の交錯点に位置するSSRは、平和構築にかかわる多様な活動の連携や統合を促す取り組みとして発展することを期待されている。

とりわけ、経済協力開発機構・開発援助委員会(OECD/DAC)を中心にSSRの概念が唱導されるようになると、安全保障と開発のアプローチを橋渡しする包括的な政策としてSSRは位置づけられるようになった。国連事務総長報告書においても、国連としてSSRを支援する包括的アプローチの必要性が説かれている*3。つまり、軍隊や警察といった治安アクターの能力向上だけでなく、その体質改善や監督アクターの強化を指向する包括的アプローチが認知されるようになったのである。

(2)包括的なSSRの課題

しかし、OECD/DACによって整理が進んでいるSSRの理想像と実際に現場レベルにおいて導入されているSSR関連の支援とを比較した場合には、大きなギャップがある。実際には、OECD/DACが求める包括的アプローチを採用しているSSRの事例は少ない。むしろ、治安アクターの能力向上を通じて短期的な治安改善を重視する安全保障アプローチと、監督アクターを含めた広義の治安部門の抜本的な改革に取り組もうとする開発アプローチとの間に、優先順位や達成目標の面での違いが鮮明になっている。SSRに取り組むうえで、安全保障アプローチと開発アプローチの緊密な連携が欠かせないことは認識しているものの、現実には両者の思惑や関心の不一致がSSRの実効性を損なってしまっているといった指摘がある*4

こうしたギャップが生じる根本的な要因として、SSRの基盤となる安全保障・治安(security)の概念が各支援機関によって異なって理解されているといった現実がある。もちろん、治安と秩序の安定は開発の基盤であり、復興・開発の観点からもSSRは重要であるといった見方は広まりつつある。そのことは、タリバンなどの反政府武装勢力の攻勢に晒され、治安維持もままならないアフガニスタンにおいても共有されている。しかし、反乱鎮圧の文脈で進められる治安アクターの強化は、本書が定義するSSRで求められる民主的統治や公正な司法制度の確立や人権擁護の要請に耐えうる治安部門の構築に役立つとは限らない。

とりわけ、9.11テロ以降の米国によるアフガニスタンやイラク侵攻後の両国の安定化の過程では、OECD/DACが思い描くような包括的なSSRは現実的な選択肢として見なされなくなった。たとえば、本書の第10章でも検討しているように、北大西洋条約機構(NATO)や米軍による反乱鎮圧作戦が展開されているアフガニスタンの事例では、治安と秩序の安定を最優先課題とする安全保障アプローチが中心となり、中長期的な復興・開発の観点から支援を計画する開発アプローチを考慮する余地がなくなってしまった。

このような事例では、包括的アプローチの重要性を認識しつつも、まずは治安と秩序の安定が最優先課題として取り組まれても仕方がない。国家治安アクターである軍隊や警察の治安維持能力の向上に励み、一定の治安と秩序を確保したうえで、徐々に開発の要請にも対処する段階的アプローチを採らざるをえなくなる。

ところが、現実には国内にタリバンのような反政府武装勢力の脅威がほとんど存在しなかった東ティモールにおいても、SSRの取り組みにおいて包括的アプローチが採用されてきたとは言い難い。むしろ、本書の第7章で見るように、東ティモールは、安全保障アプローチに偏重したSSRが進められたことで、国内治安上の危機を招いてしまった事例として取り上げることが妥当かもしれない。なぜ、安全保障上の脅威の少なかった東ティモールにおいてさえも包括的なSSRが取り組まれずに、逆に政治権力による治安アクターの乱用と、それに伴った治安上の危機を招いてしまったのだろうか。SSRにおける包括的アプローチはなぜ選択されなかったのだろうか。

2 本書の目的

このようなSSRに対する関心の高まりと包括的アプローチに内在する課題の顕在化を背景として、本書では、SSRを平和構築の文脈における安全保障と開発の交錯点として捉え、その特徴や課題を浮き彫りにすることを目標としている。本書では、このような視点から見えてくるSSRの特徴や課題から、安全保障アプローチと開発アプローチとの間に存在するギャップに焦点を当てて議論する。このギャップは、二つのアプローチの根底にある安全保障観の違いに根差したもの、支援を実施する機関の主要任務や優先課題の違いに基づくもの、の二つに大別することができる。

とりわけ本書では、安全保障アプローチが対応する短期的な要請と開発アプローチが重視する中長期的な課題との間で生じる優先順位をめぐる問題に注目する。この問題は、包括的な取り組みとして唱導されるSSRの理想像と現実の治安情勢や政治的な制約のなかで段階的に進められるSSRの実像とのギャップとして分析することも可能である。しかし本書では、この問題を、包括的アプローチか、それとも段階的アプローチか、といった二者択一として捉えるのではなく、むしろ、SSRの包括性を視野に入れつつ、短期的な要請に応えていく過程で、中長期的な課題への悪影響をできるだけ制限するアプローチが求められているのだと考える。

3 本書の構成

このような点を議論するにあたり、本書では、大きく理論と事例の二つに分けて構成されている。第1部は「SSRの理論的考察」を提供することを目的に、五つの章からなる。

第1章では上杉勇司がSSRの概念整理と分析枠組みを提示する。第2章では藤重博美が本書の基調テーマである安全保障と開発の交錯点としてのSSRを議論する。欧州連合(EU)を事例に取り上げ、安全保障コミュニティと開発コミュニティの間に生じたギャップを浮き彫りにする。第3章では篠田英朗がSSRにおける安全保障と開発という二つのアプローチを「消極的」正当化と「積極的」正当化という概念を用いて分析する。第4章では吉崎知典がNATOに焦点を当てながら安全保障から見たSSRを、第5章では工藤正樹がOECD/DACを中心に開発から見たSSRを論じていく。

以上のようなSSRの理論的な考察を受け、第2部では、「SSRの事例研究」として五つの事例を提示する。ここでは、平和構築や国家建設の中核的な取り組みであるがゆえに高い政治性をもち、その形態はSSRを実施する状況・環境に大きく影響を受けるSSRの実態を少しでも正確に浮き彫りにすることを試みる。

第6章では中内政貴が旧ユーゴスラビア諸国のなかでもとくにコソボの事例を取り上げ、民族紛争後の社会における少数派にとっても公正で正当な治安部門の確立の重要性と難しさを分析する。第7章では安藤友香が安全保障アプローチに偏重したSSRの結果として治安危機を招いた東ティモールの事例を考察し、治安危機後に仕切り直しとなったSSRを開発的な視点から評価する。第8章では中澤香世がモザンビークを事例に安全保障と開発の要請の間に生じたディレンマに焦点を当てて分析する。とくに小型武器の蔓延といった治安上の課題が警察・司法改革に及ぼした負の影響を考察する。第9章では橋本敬市がコンゴ民主共和国のSSRを取り上げ、組織改革を重視する開発アプローチが現場の状況やニーズに合致しなかったために、治安維持を重視する安全保障アプローチへと軌道修正がなされた実情を分析する。第10章では今井千尋が反政府武装勢力との戦闘のなかで進められたために安全保障の論理が優先されたアフガニスタンのSSRの実相を描く。

最後に上杉勇司が結論において、SSRの安全保障アプローチと開発アプローチの相克を克服する一つの考え方として、安全保障アプローチの副作用を抑制しながら進める段階的アプローチを提案する。さらに、本書で十分に議論ができなかったSSRとローカル・オーナーシップの関係について今後の課題として提示する。

なお本書では以上に加えて9本のコラムを所収している。開発アプローチの中心に位置する統治やSSR支援を推進するアクターとしてのOECD/DAC、国連、民間安全保障会社、またSSRに関連する具体的な活動として警察改革、DDR、司法改革、移行期の正義に関する記述を揃えた。

(上杉勇司)

*1: 本書は次の研究成果を基盤としており一部重なるところがある。上杉勇司・長谷川晋編『平和構築と治安部門改革(SSR)開発と安全保障の視点から』IPSHU研究報告シリーズ、No.45、2010年。また、本書は科学研究費補助金・若手研究(A)「破綻国家再建における国際平和活動の新しい役割と課題」(2009~2012年度、研究代表者: 上杉勇司)および基盤研究(B)「平和構築における治安部門改革(SSR)の課題: 軍組織と開発援助ドナー間の連携不備」(2011~2013年度、研究代表者: 藤重博美)による研究成果の一部である。

*2: S/PRST/2008/14, 12 May 2008.

*3: A/62/659-S/2008/39, 23 January 2008.

*4: 藤重博美「EUの対外・外交政策における「安全保障」と「開発」の相克」『海外事情』第57巻9号、2009年9月。

あとがき

結論 理想像と現実の狭間で

1 SSRの理念型と実際

本書を通じて検討を加えてきたSSRの包括的アプローチは、SSRの理念型である。SSRは安全保障と開発の交錯点であるがゆえに、安全保障の立場から取り組むものと開発の立場から取り組むものとの連携を通じて多角的に取り組まれなくてはならない。こうしたSSRの処方箋は、理論的には正しく感じられる。またSSRとは国家の中枢部門に対する抜本的な改革であり、かつ対象とする組織や人々の意識や体質改善を図るという観点からは、中・長期的な取り組みであるという主張にも容易にうなずくことができる。

ところが、本書の各章に共通する問題意識にあるように、このSSRの理念型は、実際の成功例によって、その正しさが実証されてきたわけではない。実際のところ、その実用性を疑う主張に対しては、十分に反駁することができていない。もちろん、SSRの概念は、象牙の塔で机上の空論として生まれたわけではなく、平和構築の現場における実務家の問題意識のなかから生まれた概念である。しかし、SSRの概念の特徴は、現場における一つひとつの具体例を積み重ねて形づくられたわけではなく、現場の課題を解決する一つの試みとして知恵を絞って練り上げられた点にある。

よって、本書が試みたように、SSRの理念型を実際の取り組みと照らし合わせながら、現実に即して修正・精緻化していく作業が欠かせない。実際、本書の大きな問題意識は、SSRが理念型どおりに実施されない背景には、SSR支援に関与するドナーや支援機関の間の連携に不備があるのではないか、ということであった。この問いに焦点を当て、本書では、多様なドナーや支援機関のSSRへの取り組みを「安全保障アプローチ」と「開発アプローチ」に大別し、両者の連携(不備)の問題を検討してきた。その前提として、SSRの理念型としては、安全保障と開発をつなぐ包括的アプローチが必要であるという想定に立脚して議論を進めてきた。

こうした前提のなかで導き出された結論は、「バランス対応」と「段階対応」の二つに集約できる。「バランス対応」とは、治安アクターの能力強化に重点を置く安全保障アプローチと治安アクターと監督アクターの統治能力や民主化に力点を置く開発アプローチを適切に織り交ぜて運用するといったもので、「段階対応」とは、SSRを取り巻く治安状況に合わせて、短期的な要請に応じる出口戦略としての安全保障アプローチと中・長期的な課題を解決する開発アプローチを順序よく運用していくといったものである。

では、本書の結論として、安全保障アプローチと開発アプローチのバランスのよい運用か、それとも段階に応じた対処がよいのか、といった点について整理しよう。理論的には、あるいは現実の状況が許すのであれば、「バランス対応」が好ましい選択肢である。しかしながら、平和構築の文脈でSSRが導入されるといった事実は、国家治安アクターが国内治安を維持する力を欠いている状況で治安部門の改革を挙行しなくてならないという現実があることを示唆している。治安情勢や政治状況が不安定ななかでSSRが取り組まれるということは、好むと好まざるとにかかわらず、平和構築の文脈でのSSRでは「段階対応」が選択される可能性が高いということである。

とりわけ、アフガニスタンのように国内の安定が達成できていない状況下でSSRが取り組まれる場合は、安全保障アプローチが支配的にならざるをえない。ただし、本書で何度も指摘してきたように、長期的な視点をもって持続可能な開発の基礎を築くようなSSRの視点がなければ、SSRが本来の受益者である人々に安全と安心を届けることができなくなってしまう。そこで、次節では、この問題を安全保障アプローチの副作用という観点から整理していく。

2 安全保障アプローチの副作用

通常は平和構築(支援)を考える際に、国家建設(支援)を通じた実現を目指している。よって多くの場合、平和構築の一環として取り組まれるSSRも国家建設の一部として位置づけられてきた。そこではとくに軍隊や警察といった国家治安アクターの改革が主要な課題となる。そして、まずは公共の治安と秩序の維持を提供するのが国家の国民に対する役割であるという考えから、軍隊や警察の治安維持能力向上・機能強化がSSRの主要な活動として取り組まれてきた。これを本書では安全保障アプローチと呼んでいる。国家治安アクターが治安維持能力を高め、国民に対して責務を果たすことは、国家の統治能力向上を目指す開発アプローチとも矛盾しない。

むしろ、問題が生じるのは、民主的な統治能力が不十分な段階で、軍隊や警察などの実力組織の強化を進めると、意図せずして平和構築に対して深刻な悪影響があるという点である。破綻国家や紛争直後の国家では、まずは治安や秩序の維持が先決となる。治安や秩序は平和構築を進めていくうえで重要な基盤であるから、平和構築の初期の段階で重点的に国家治安アクターの強化がなされ、併せてDDRを通じた非国家治安アクターの解体が進められる。ただし、この過程において健全で効果的な統治部門(とくに監督アクター)が存在していなければ、特定の権力者が国家治安アクターを不適切に利用しようという誘惑にかられてしまう。対抗政治勢力に対して公権力を振りかざし、国家治安アクターを活用して諜報活動や破壊工作をおこなうという事例は枚挙にいとまがない。あるいは、治安アクターに対する民主的な政権の文民統制能力が低ければ、クーデターという形で一部の国家治安アクターが強力な実力組織を背景に政権奪取を狙いかねない。

このように考えると、治安アクターの能力向上は、実は監督アクターの能力向上と足並みを揃えない限り、逆に治安を不安定化させかねない、ということが分かる。また、いくら監督アクターの能力向上を図り、治安アクターに対する文民統制を強めたとしても、政治指導者たちの体質改善が成功しなければ、逆に国家治安アクターは国民に対して牙を剥きかねない。

つまり、課題は安全保障アプローチと開発アプローチの目的の違いではない。安全保障アプローチに付きまとう副作用をどのように防ぐのか、という点こそが問題の核心である。この点については、本書の事例分析において明らかにすることができた。次の課題は、安全保障アプローチの副作用を回避・抑制するために、どのように開発アプローチを組み合わせていけばよいのかという点だろう。その答えとして、統治能力や体質改善を重視する開発アプローチを効果的に組み合わせることが大切であることは理論的には分かっている。しかし、現実には両者の有機的な連携や調整は簡単ではない。そこには、安全保障アプローチと開発アプローチとの間の優先順位の置き方の違い、そしてそれぞれのアプローチの一翼を担う諸団体間で連携を進めていくことの難しさが存在するからだろう。

時間的・政治的な制約や限られた資源のなかで、まずは国家治安アクターの治安維持能力強化をしなくてはならないとして、軍隊や警察の能力強化に優先順位を置く軍事顧問の方針と、国家治安アクターを統制する仕組みや監督・監視する側の統治能力の強化も併せておこなうべきだとする開発援助顧問の主張をどのように折り合わせていけばよいのか。そもそも、これまでは、そのような政策や支援活動を調整していく枠組みなど存在しなかった。SSRという概念が登場し、ようやくそのような調整の必要性が両者に認識されるようになったのだともいえる。しかし、一刻も早く治安と秩序を回復させることに重点を置くあまり、遅々として進まない政治指導者の体質改善を待っていられる軍事顧問は多くない。憲法を制定し、さまざまな関連法規を整備し、国会議員を選出して、民主主義や法の支配を確立するには時間がかかる。しかし、これらが確立されるのを待っていては、治安の空白を放置することになり、平和への勢いを失ってしまうかもしれない。このようなディレンマがSSRの政策と実務の現場には存在するのである。

限られた資源を適切に国家治安アクターの治安維持能力の強化に振り分けることで治安の空白を埋める努力を続けるとともに、国家治安アクターの適切な監督・監視ができる体制づくりに対しても十分な資源を傾注していくことが、包括的アプローチの真髄である。さらには、国家機構の整備だけではなく、たとえばマスコミや市民社会といった民間部門も忘れてはいけない。ただし、包括的アプローチを実際に実現することと理論的に整理することとは全くの別問題だともいえる。理論的には、国内外に深刻な治安上の脅威がない場合は、治安維持の要請が相対的に低くなることもあって、安全保障アプローチの副作用を十分考慮した包括的アプローチが選択されやすい。しかし、本書の事例研究が示すように、実際には副作用を避けることは難しい。

さらには、理論的な整理のうえでも、包括的アプローチが選択されることは難しいと考えられる状況もある。たとえば現在のアフガニスタンのように、治安がきわめて不安定な場合には、包括的アプローチではなく、段階的アプローチが選択される可能性が高い。これは治安上の要請が高いため、包括的に取り組む必要性は認識しつつも、現場の事情がそれを許さないという場合である。段階的アプローチが採用された場合には、さらに安全保障アプローチの副作用を回避するのが難しくなる。ここでの重要な課題は、安全保障アプローチと開発アプローチを段階的に(時間差的に)投入するとして、安全保障アプローチが開発アプローチに及ぼす負の影響をどう予防していけばよいのかという難題である。

3 今後への課題

本書を締めくくるにあたり、本書では十分に検証することができなかった重要な課題を、今後への申し送りとして指摘したい。

本書で焦点を当てた課題は、外部からSSRを支援する側の間に存在するものであった。連携の問題にしろ、優先順位づけの問題にしろ、本書では、外部のドナーや支援組織を安全保障アプローチと開発アプローチに大別して、両者の間の関係性に注目した。しかしながら、SSRを考えるうえで重要な現地社会との接点については、本書の射程の外に置いている。ただし、誰にとっての安全・安心を確保するためにSSRを実施するのか、といった原点に立ち戻ったとき、現地社会との関係の重要性は自明である。ところが、SSRとして取り組まれる支援のなかには、現地の人々の安全・安心のためにではなく、支援者側の安全・安心を最優先に推進されるものが少なくない。国際テロ対策の一環として取り組まれるSSRや反乱鎮圧作戦と不可分な形で進められるSSRのなかには、本来SSRの恩恵を享受すべき現地の人々のニーズは後回しにされることもある。

開発アプローチが思い描くSSRは、被支援国家において持続可能な開発の基盤を形成するための取り組みである。その際に重視されるポイントとして現地社会の主体性(ローカル・オーナーシップ)がある。しかし、このオーナーシップの課題を現実のSSRに組み込む作業は一筋縄ではいかない。すでに本書で何度か指摘したとおり、平和構築はきわめて政治的なプロセスである。そのなかでも国家権力の中核を(再)構築するSSRは高度に政治的にならざるをえない。SSRの核心は国内の権力関係を変えることにあり、したがって、国連など外からの改革の要請は国内諸勢力からの抵抗を受けやすい。

とりわけ、紛争後の社会でSSRが取り組まれるということは、SSRが国内秩序の形成において、きわめて重要な位置にあるということである。民主的で統治能力の高い治安部門を形成する千載一遇の好機であることには間違いない。ただし、よほど注意して支援しない限り、権力は得てして必要以上に暴力装置の強化を進めようとするだろうし、治安アクター自身も効果的な監視・監督態勢を欠く状況では、不必要に暴力化・膨張する傾向にある。SSRにおけるローカル・オーナーシップといったときに、現地当局や権力者のみを尊重した場合、開発アプローチが志向するような民主的な治安部門が自動的に生まれるとは考えにくい。むしろ、安全保障アプローチを志向するドナーや支援機関と協力して治安アクターの機能重視の治安部門がつくられてしまうおそれがある。

つまり、安全保障アプローチの副作用は、支援者側の問題だけでなく、ローカル・オーナーシップの文脈においても醸成されてしまうのである。それは、アフガニスタンのように治安維持が極端に難しい場合だけに限らず、東ティモールのような比較的治安上の課題が少なかった事例でも認められた。

このような権力や実力集団に内包するSSRの弊害を最小限に抑えるためには、SSRの包括的アプローチを強く意識することが欠かせない。たとえ段階的アプローチを採用せざるをえないとしても、安全保障アプローチに基づくSSRの危険性を認識してSSRに取り組まなければ、安全保障アプローチに続く開発アプローチに対して悪影響を及ぼしかねないからである。そして、人間の安全保障に基づいたSSRを実現していくためには、ローカル・オーナーシップを考える際に、現地当局や権力者だけでなく、現地の一般民衆の協力が不可欠となる。ただし、一般民衆からの理解と協力を得るためには、より広い文脈での民主化が現地社会で進んでいることが大切になる。つまり、治安部門のみの改革ではなく、社会の全般的な変化と同時に推進していって初めて、SSRは本来意図したように機能し、人々の安全と安心の源泉となりうるのである。

(上杉勇司)

索引

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