中国式発展の独自性と普遍性 「中国模式」の提起をめぐって

宇野重昭・江口伸吾・李暁東 編

中国模式論争の問題群の検討を踏まえ、「国家と市民社会」「市場経済と格差」「共振する中国と国際社会」の各テーマを通して中国の現実に内在的視点から接近し、独自性と普遍性の間で揺れる中国式発展の行方を考える。(2016.3.30)

定価 (本体3,800円 + 税)

ISBN978-4-87791-273-4 C3031 391頁

ちょっと立ち読み→ 目次 著者紹介 まえがき 索引

注文する Amazon

目次

著者紹介

執筆者紹介(目次順)

本田雄一(HONDA Yuichi)
公立大学法人島根県立大学理事長・学長。東北大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士。1969~85年まで、農林水産省東北農業試験場研究員、農林水産省野菜試験場盛岡支場主任研究官。この間、1977年から1年間、ハワイ大学College of Tropical Agriculture and Human Resources客員教授。1985年から島根大学に勤務、島根大学農学部・生物資源科学部学部長、評議員、学長を経て現職。専門は植物病理学。
江口伸吾(EGUCHI Shingo)
島根県立大学総合政策学部・同大学院北東アジア開発研究科教授、同研究科長、同大学北東アジア地域研究センター研究員。成蹊大学大学院法学政治学研究科博士後期課程満期退学、博士(政治学)。専門は、現代中国政治、政治社会論。主な著書として、『中国農村における社会変動と統治構造─改革・開放期の市場経済化を契機として─』(国際書院、2006年)、『日中関係史 1972~2012 I政治』(共著、東京大学出版会、2012年)、『転形期における中国と日本─その苦悩と展望─』(共著、国際書院、2012年)、『Minervaグローバル・スタディーズ3/中国がつくる国際秩序』(共著、ミネルヴァ書房、2013年)、『岩波世界人名大辞典』(共著、岩波書店、2013年)などがある。
宇野重昭(UNO Shigeaki)
島根県立大学名誉学長・名誉教授、同大学北東アジア地域研究センター名誉研究員、成蹊大学名誉教授。北京大学客座教授、復旦大学顧問教授、中国社会科学院日本研究所名誉研究員。東京大学大学院社会科学研究科修了、社会学博士。専門は、東アジア国際政治史、国際関係論、中国地域研究。日本国際政治学会理事長(1986~88年)、日本学術会議第16・17期会員(1994~2000年)、公立大学協会会長(2005~07年)などを務めた。主な著書として、『20世紀の中国-政治変動と国際契機』(共編著、東京大学出版会、1994年)、『内発的発展と外向型発展─現代中国における交錯─』(共編著、東京大学出版会、1994年)、『北東アジア学への道』(国際書院、2012年)、『アジアからの世界史像の構築─新しいアイデンティティを求めて─』(共編著、東方書店、2014年)などがある。
唐士其(TANG Shiqi)
北京大学国際関係学院副院長・教授。北京大学国際政治系博士課程修了、博士。専門は、政治学。日本大学国際関係学部、東京大学法学部(教育部より派遣)などで客員研究員を務めた。主な著書として、『国家与社会的関係』(北京大学出版社、1998年)、『美国政府与政治』(台湾揚知出版公司、1998年)、『西方政治思想史』(北京大学出版社、2002年)、『全球化与地域性─経済全球化進程中国家与社会的関係─』(北京大学出版社、2010年)などがある。
楊朝暉(YANG Zhaohui)
北京大学国際関係学院講師。北京大学国際政治系修士課程修了。専門は、中国政治、中国共産党史研究。主な論著として、「西伯利亜遠東共和国与中国革命」(『江漢論壇』1986年(2))、「権威主義的終結与中国政治的漸進発展」(『国際政治研究』2013年(1)、北京大学、2013年)などがある。
李暁東(LI Xiaodong)
島根県立大学総合政策学部・同大学院北東アジア開発研究科教授、同学部長、同大学北東アジア地域研究センター研究員。成蹊大学大学院法学政治学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。専門は、日中関係史、政治思想史。主な著書として、『近代中国における立憲構想─厳復・楊度・梁啓超と明治啓蒙思想─』(法政大学出版局、2005年)、『転機に立つ日中関係とアメリカ』(共著、国際書院、2008年)、『中国政治体制100年─何が求められてきたのか』(共著、中央大学出版部、2009年)、『転形期における中国と日本─その苦悩と展望─』(共編著、国際書院、2012年)などがある。
唐燕霞(TANG Yanxia)
愛知大学現代中国学部教授・同大学院中国研究科教授。日中社会学会理事。立教大学大学院社会学研究科博士後期課程修了、博士(社会学)。専門は、社会学。主な著書として、『中国の企業統治システム』(御茶の水書房、2004年)、『グローバル化における中国のメディアと産業』(共編著、明石書店、2008年)、『転機に立つ日中関係とアメリカ』(共編著、国際書院、2008年)、『コーポレート・ガバナンスと企業倫理の国際比較』(共著、ミネルヴァ書房、2010年)、『チェンジング・チャイナの人的資源管理』(共著、白桃書房、2011年)、『転形期における中国と日本─その苦悩と展望─』(共著、国際書院、2012年)、『中国社会の基層変化と日中関係の変容』(共著、日本評論社、2014年)などがある。
董筱丹(DONG Xiaodan)
中国人民大学農業与農村発展学院准教授。西南大学中国郷村建設学院特別研究員、江蘇省常州市武進区嘉沢姫山書院理事。中国人民大学博士課程修了、管理学博士。専門は、郷村ガバナンス、郷村建設、地域発展比較研究。「宏観経済波動与農村治理危機─関于改革以来『三農』与『三治』問題相関性的実証分析─」(『管理世界』、2008年(10))、「致貧的制度経済学研究: 制度成本与制度収益的不対称性分析」(『経済理論与経済管理』、2011年(1))、「中国特色之工業化与中国経験」(『中国人民大学学報』、2011年(1))、『解読蘇南』(共著、蘇州大学出版社、2011年)、『八次危機:中国的真実経験1949-2009』(共著、東方出版社、2012年)などがある。
張蘭英(ZHANG Lanying)
西南大学中国郷村建設学院副院長。北京大学東方語言学部卒業(語言学士)、フィリピン大学(語言学修士)、亜洲管理学院(発展管理修士)、ワーヘニンゲン大学(オランダ)農村発展社会学博士課程修了。専門は、郷村建設人材育成、参加型郷村建設の実践・研究。主な著書として、Community Participation in China: Issues and Processes for Capacity Building(共著、Routledge, 2004年) 、『新農民、新農村、新生活』(編著、海南出版社、2010年)、『准青年務工培訓教材』(編著、知識産権出版社、2010年)、『横県十年』(知識産権出版社、2012年)などがある。
劉雨晴(LIU Yuqing)
北京嘿尓科技有限公司CEO助理。中国人民大学農業与農村発展学院(管理学修士)。蘇州工業園区20年発展経験総括プロジェクト、貧困村・村級互助資金の影響効果評価国家社会科学基金プロジェクトなどに参加。
温鉄軍(WEN Tiejun)
中国人民大学農業与農村発展学院教授、同学院初代院長。中国農業大学(管理学博士)。国家環境諮問委員会委員、商務部・国家林業局等の委員、北京市・福建省政府の専門家などを歴任。また、中国農業経済学会副会長(2007年)、第6期学科評議組農林経済管理組成員(2008年)、西南大学中国郷村建設学院執行院長(2012年)、福建農林大学海峡郷建学院執行院長(2013年)などを務める。専門は、発展途上国比較研究、郷村ガバナンス、郷村建設、農村金融など。主な著書として、『中国新農村建設報告』(編著、福建人民出版社、2010年)、『解読蘇南』(共著、蘇州大学出版社、2010年)、『八次危機: 中国的真実経験1949-2009』(共著、東方出版社、2012年)、『中国にとって、農業・農村問題とは何か?─〈三農問題〉と中国の経済・社会構造─』(作品社、2010年)などがある。
梁雲祥(LIANG Yunxiang)
北京大学国際関係学院教授。北京大学国際関係学院博士課程修了、法学博士。中国中華日本学会理事、北京大学日本研究センター秘書長。専門は、国際政治学、戦後日本政治外交、北東アジア地域研究。早稲田大学、日本大学、新潟大学、成蹊大学などで客員研究員を務めた。主な著書として、『后冷戦時代的日本政治、経済与外交』(北京大学出版社、2000年)、『日本外交与中日関係』(世界知識出版社、2012年)、『国際関係与国際法』(北京大学出版社、2012年)などがある。
佐藤壮(SATO Takeshi)
島根県立大学総合政策学部・同大学院北東アジア開発研究科准教授、同大学北東アジア地域研究センター研究員、同センター長補佐。一橋大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。専門は、国際関係論、東アジア安全保障、アメリカの対アジア太平洋政策。主な著書として、『転機に立つ日中関係とアメリカ』(共著、国際書院、2008年)、『衝突と和解のヨーロッパ-ユーロ・グローバリズムの挑戦』(翻訳、ミネルヴァ書房、2007年)などがある。
大芝亮(OSHIBA Ryo)
青山学院大学国際政治経済学部教授。米国イェール大学Ph. D(政治学)。専門は、国際関係論、国際機構論。日本国際政治学会理事長(2004~06年)、一橋大学副学長(2010~14年)などを歴任。主な著書として、『国際組織の政治経済学-冷戦後の国際関係の枠組み-』(有斐閣、1994年)、『国際政治学入門』(編著、ミネルヴァ書房、2008年)、『日本の国際政治学<2>/国境なき国際政治』(共編著、有斐閣、2009年)、『有斐閣コンパクト/平和構築・入門』(共編著、有斐閣、2011年)、『NGOから見た世界銀行─市民社会と国際機構のはざま─』(共編著、ミネルヴァ書房、2013年)、『日本の外交<第5巻>/対外政策 課題編』(編著、岩波書店、2013年)、『国際関係学─地球社会を理解するために─』(共編著、有信堂高文社、2015年)などがある。
潘維(PAN Wei)
北京大学国際関係学院教授。カリフォルニア大学バークレー校Ph. D(政治学)。専門は、比較政治学。北京大学中国与世界研究センター主任などを務める。主な著書として、『法治与“民主迷信"─一個法治主義者眼中的中国現代化和世界秩序─』(香港社会科学出版社有限公司、2003年)、『農民与市場─中国基層政権与郷鎮企業─』(商務印書館、2003年)、『中国模式─解読人民共和国的60年─』(編著、中央編訳出版社、2009年)、『人民共和国六十年与中国模式』(共編著、生活・読書・新知三聯書店、2010年)、『比較政治学理論与方法』(北京大学出版社、2014年)などがある。
汪暉(WANG Hui)
清華大学人文社会科学院教授。中国社会科学院研究生院博士後期課程修了、文学博士。専門は、中国近現代文学、中国思想史、現代中国論。ハーバード大学、カリフォルニア大学バークレー校、香港中文大学、ワシントン大学、ベルリン高等研究所、コロンビア大学、ハイデルベルク大学、ボローニャ大学高等研究所、東京大学客員教授などで客員研究員・客員教授を務めた。主な邦訳書として、『思想空間としての現代中国』(岩波書店、2006年)、『世界史のなかの中国─文革・琉球・チベット─』(青土社、2011年)、『近代中国思想の生成』(岩波書店、2011年)などがある。
孫歌(SUN Ge)
中国社会科学院文学研究所研究員。東京都立大学で博士号(政治学)取得。専門は、日本政治思想史。一橋大学客員教授などを務めた。主な著書として、『アジアを語ることのジレンマ─知の共同空間を求めて─』(岩波書店、2002年)、『竹内好という問い』(岩波書店、2005年)、『歴史の交差点に立って』(日本経済評論社、2008年)、『北京便り─中国の真の面影─』(岩波書店、2015年)などがある。

訳者紹介

黄宇暁(HUANG Yuxiao)
一橋大学非常勤講師。2・3・7・8章、補論、インタビュー記録(1)を翻訳。

まえがき

はしがき

本田雄一(島根県立大学学長)

本学では、従来から、「北東アジア地域学術交流研究助成金」制度を制定し、北東アジア関連研究を推進している。この度、本学の江口伸吾教授を代表者とする共同研究プロジェクト「北京コンセンサスと日中関係の行方―北東アジアにおける国際秩序の変化をめぐって―」がその助成対象となり、この間、北京大学国際関係学院の諸先生の全面的なご協力の下、国際共同研究が活発に展開されてきた。

一方、本学では、宇野名誉学長の企画による北京大学国際関係学院と島根県立大学との合同国際シンポジウムが、これまで数次にわたって開催され、平成25年度で、第5回目を迎えることになった。これまでのシンポジウム等を通じて、多様な波にさらされている日中関係の諸側面に関して、継続的な共同研究が行われ、その成果は、シンポジウムの都度、学術刊行物として公表してきた。

平成26年2月のシンポジウムでは、これまでの北京大学国際関係学院・島根県立大学合同国際シンポジウムの延長線上に、江口教授を代表者とする「北京コンセンサス」プロジェクトの研究成果を位置付け、“中国式発展の独自性と普遍性─「中国模式」の提起をめぐって─"をテーマとして、活発な討論が展開された。

本シンポジウムには、北京大学国際関係学院の唐士其副院長、梁雲祥先生、楊朝暉先生、そして、中国人民大学農業与農村発展学院の董筱丹先生に、遠路、中国から島根県立大学までお出でいただき、ご参加いただいた。また、国内の大学からは、総括をご担当いただいた一橋大学副学長(現在は青山学院大学教授)の大芝亮先生、コメンテーターとしてご意見をいただいた東京女子大学の滝口太郎先生、広島大学の中園和仁先生、報告者としてご発表いただいた愛知大学の唐燕霞先生にご参加いただいた。そして、本シンポジウムの企画・提案者であり、これまで常に本学に限らず、広く日本、中国における北東アジア研究で中心的な役割を果たし、この分野の研究を牽引して来られた本学名誉学長の宇野重昭先生にもご参加いただき、シンポジウム冒頭、唐士其先生と共に、基調講演をいただいた。また、学内からは、共同プロジェクトの代表者である江口教授をはじめとして、多くの北東アジア関係研究者に報告者、また、コメンテーターとしてご参加いただいた。シンポジウムにご参加いただいたこれらの諸先生に、心から厚く御礼申し上げる。

現在、「中国模式」は、党・国家が強いリーダーシップを発揮することによって比類のない経済・社会発展を可能とさせた一方で、その成功と表裏一体をなすかのように中国社会の歪みを拡大させてしまったという事実が指摘されている。そのため、「中国模式」の独自の発展パターンを強調するのではなく、経済における民営化の促進といった改革が求められているという意見も生まれている。第5回目となった北京大学国際関係学院・島根県立大学合同国際シンポジウムでは、研究主題として、論争が起こっている「中国模式」を取り上げ、その中心的な論点である中国の独自性と普遍性に焦点を当て、その行方について考察を深めていただいた。

このように、本シンポジウムでは、中国の知性を代表する研究者と日本におけるこの分野のエキスパートとの討論を通して、「中国模式」の提起をめぐって、中国式発展の独自性と普遍性について、深くかつ広範にわたって考究していただいた。この度のシンポジウムの成果を収めた本書が今後の日本と中国の関係発展を展望する一助となれば幸甚である。

なお、本書の出版に当たっては、「公立大学法人島根県立大学 学術教育研究特別助成金」から助成を受けた。ここに記して、感謝の意を表する。また、厳しい出版情勢の中、本書の刊行をご英断下さった国際書院の石井彰社長、そして、出版関係者の皆様に心から厚く御礼申し上げる。

はじめに ―─転換期における中国式発展の行方

江口伸吾

1 「中国模式」論争の問題の位相

近年の国際社会における中国の影響力の拡大は、相矛盾する方向性を内包させている。一つは、1980年代以降の改革開放政策への転換に始まる近代化とその後の急速な経済成長が、平和的な国際環境のなかで達成されたことが示すように、国際協調の枠組みを必要としていることである。それは、鄧小平による「韜光養晦」の方針が、90年代半ばから提起された「新安全保障観」や「責任ある大国」論、ひいては「平和的台頭」論に至るまで継承されてきたことなどにあらわされる。もう一つは、中国の驚異的な経済成長が軍事力を含む総合的な国力の増強をもたらし、既存の国際秩序を変革する動きにもつながり、近隣諸国が中国を「脅威」として受けとめる様相が強まったことである。それは、近年の東シナ海や南シナ海をめぐる近隣諸国との軋轢の拡大などに端的に示されるように、国際秩序の規範的な問題にまで議論が及ぶに至った。しかも、これに関する論議の過程で、中国に対する認識が両極化し、中国と近隣諸国との間における理性的な対話の可能性が狭められてしまう事態ももたらされた。

このような不透明感が深まる転換期において、肯定的にも否定的にも一つの事実として影響力を拡大し続ける中国をどのようにして把握できるのかが課題となるなか、中国式発展の方法を「中国模式」として捉える論議が中国の国内外の関心を集めるようになった。とくに、この論争の代表的な著作にあげられる潘維主編『中国模式─解読人民共和国的60年─』が示すように、2009年の建国60周年を機会に大きくとりあげられ、さまざまな論争が繰り広げられた*1。また、この時期は、中国が台頭する過程、とりわけ2010年のGDPで日本を越えて世界第2位の経済大国となり、政治的にも経済的にも国力が増強された過程と並行し、国際的にも注目されるようになった*2。さらに言うならば、「中国模式」論は、2004年にジョシュア・クーパー・ラモによって提起された北京コンセンサスが、米国主導の国際秩序の一端を担うワシントン・コンセンサスに取って代わるものかどうかが議論されたことと重なり、中国が国際秩序の形成に如何なる影響を与えるのかという論点とも連動することとなった*3

これに対する国際社会の反応をみると、中国を「脅威」として受けとめる複雑な心境を伺わせるものが多い。たとえば、日本でも翻訳出版されたステファン・ハルパーの『北京コンセンサス─中国流が世界を動かす?─』では、「中国的統治モデルの世界的拡散」が西側諸国の社会観や政府観を無意味なものとし、21世紀の欧米における生活の質に大きな影響を与えるであろうことに警鐘を鳴らした*4。すなわち、中国が進める「国家資本主義」「市場独裁主義」といった西洋的なリベラリズムを尊重することなく繁栄する国家主導の資本主義が、「中国モデル」としてアフリカ諸国などをはじめとする発展途上国に普及し、その結果、北京コンセンサスが米国主導のワシントン・コンセンサスに取って代わるのではないかと危惧を表明する。ここでは、「中国模式」が、国家主導の資本主義という特徴を備える中国式発展の独自性と、それが「モデル」として海外に普及するという普遍性がセットとして捉えられ、米国主導のワシントン・コンセンサスと対立する図式が成立していると言えよう。

他方、中国国内で展開された「中国模式」論争に目を向けると、多様な論争が行われていることが特徴的である。たとえば、程恩富主編/李建国副主編『中国模式之争』では、「中国模式」に関する代表的な論文・エッセイをまとめ、(A)賛成の立場、(B)慎重な立場、(C)批判的な立場の大きく3つに分け、この論争の概要を紹介している*5。より具体的には、(A)「中国模式」は客観的に存在し、それを着実に研究・観察する必要があり、その長所と欠点を認識し、その上で改善して完全にする(程恩富・胡楽明・劉志明「中国模式研究的若干難点」)、(B)「模式」と言うと型にはめる恐れがあり、事実と符合せず、危険でもあり、「中国の特色ある社会主義」は賛成だが、「中国模式」には賛成しない(李君如「慎提“中国模式"」)、(C)政府が社会経済システム全体を強くコントロールすることを特徴とする「中国模式」が世界に模倣される手本になるということは一種の誤解であり、グローバル金融危機の過程で政府が強く経済に介入したことが福なのか禍なのか、現在はまだわからない(呉敬璉「中国模式禍福未定 我們不要忘乎所以」)、といった各論者を代表とする3つの立場に分け、様々な論者が多様な観点から論争を展開している(表1)。また、この論争の前提となる「中国模式」とは何かに関して、意見の一致をみることは難しいが、コンセンサスの一つとして、政治・経済・社会・国際関係の各領域における党・国家が果たしている役割が大きく、それによって今日に至る中国式発展の相対的な成功がもたらされたことを評価する一方、その過程で蓄積された問題の解決や今後のさらなる発展を模索する際に従来の方法を批判的に考察する論議も巻き起こり、その象徴的な出来事として「中国模式」論争が繰り広げられたと捉えられるであろう。

これに照らしてみるならば、欧米諸国や日本などの中国の近隣諸国で強く懸念されている「中国模式」の独自性が普遍性に結びつく構図は、重要な争点に関わる一方、少なくとも中国の言論界においては、大きな影響力を有していないことが明らかとなる。なぜなら、その可能性は、賛成の立場に限定されるだけでなく、そのなかにおいても「中国模式」を一種のモデルとして海外で模倣されることに関して、抑制された論調が目立つからである。たとえば、慎重な立場を示す兪可平は、「中国模式」について、「中国の国情はとても特殊であり、この基礎の上で『中国道路』や『中国模式』は形成され、おそらくその他のいかなる国家も簡単に模倣することはできない…(中略)…それを他国が模倣することにはあまりにも楽観的であり、われわれが直面する各種の緊迫した挑戦を解決するには有害でさえある」*6と指摘しているが、このような問題提起に対して、賛成の立場の徐崇温は、この批判は鄧小平の見方、すなわち「マルクス・レーニン主義は人類共同の基本規律ではあるが、異なる国家と民族の間では千差万別の特徴」があり、「社会主義の発展も必然的に多種多様」になるという見方と矛盾するとして、批判自体が誤解に基づくものと反論する*7

また、賛成の立場をとる国際政治学者の鄭永年は、「中国模式」は「中国の歴史だけでなく世界史にも属する」とともに、「発展途上国に対して手本として非常に重要な意義をもつ」*8とする一方、国際秩序に関して、中国を「すでに既存の秩序のなかにある一分子」、且つ「既存のシステムの巨大なステークホルダー」として位置づけ、「中国が革命を起こして、この秩序を覆し、一つの秩序を新たに確立することは不可能」であり、「秩序内部の改革者」であるとして、中国の台頭と既存の国際秩序が両立することを強調する*9。これらは、賛成の立場のなかにおいても、「中国模式」の独自性が普遍性に結びつき、既存の国際秩序と対立することを回避しようとする認識が共有されていることを示している。

このような中国の国内外における「中国模式」に対する認識の懸隔は、上述の欧米諸国などの中国に対する脅威への懸念から生まれた外在的要因があるとともに、「中国模式」の概念そのものに含まれる両義性がそれを増幅させたと言える。すなわち、「模式」は一般的に英語で「model」と訳され、また日本でも英語表記に倣って「モデル」と訳されるが、中国語には「pattern」という意味もあり、この両義性に対する自覚化の不足が「中国模式」の独自性と普遍性との関係性を混乱させているという問題がある*10

この点について、「中国模式」論争では「模式」概念の検討も進められ、たとえば、批判的な立場を示す甘陽は、中国国内の多元的な発展に目を向け、「一つの模式を用いてそれを帰納させ、西洋の『model』という言葉を用いて概括することはとても難しい」と指摘し、モデルとしての「模式」を批判する一方、多重な「模式」の発展を包含する「中国道路」を提唱しており、そこではパターンとしての「模式」の意味合いが強く出される*11。また、賛成の立場の秦宣は、「われわれはいったい『中国模式』の概念を使用することができるであろうか?」と自問しながら、「『模式』(pattern)という一つの語句が指し示す範囲は非常に広範であり、事物の間に隠れている規律関係を示し」、「社会発展の意義から言うと、『模式』は往々にして先人が蓄積した経験の抽象と昇華を指している」として、経験の蓄積から生まれるパターンとしての「模式」を強調し、「われわれは『中国模式』を回避する必要は全くない」と結論づける*12

これら中国国内における「模式」概念に対する批判的検討の論調をみるならば、「中国模式」は世界に模倣されるモデルではなく、むしろ中長期的にはグローバル化の過程で中国をも含む多元化する世界のなかでの一つのパターンとして認識される概念に転化し、また各地域の実情に則した発展を比較考察することによって普遍性を検証する概念として重視されていく可能性もあるであろう*13

本書では、以上の「中国模式」論争が提起した諸問題を踏まえ、中国の現実を内在的視点から把握することに留意し、中国式発展の独自性と普遍性の問題について具体的事例を通して考察することを試みる。中国の近代化のプロセスを振り返ってみるならば、それは決して西欧的な近代化に収斂することがなかったと同時に、中国の独自性に固執した閉鎖的な発展に終始することもなく、それゆえに未来に続く中国式発展は、それらの両極ではないどこかに位置し形成されていくのではなかろうか。中国式発展は、その独自性と普遍性との往還する対話を通して、中長期的にメタモルフォーズし続けていくであろうが、その実態を分析し、把握するための知的土壌を「中国模式」論争は提供している。

2 本書の構成

本書は、2014年2月14日、北京大学国際関係学院と島根県立大学の合同国際シンポジウム「中国式発展の独自性と普遍性─『中国模式』の提起をめぐって─」を基にしている。シンポジウムでは、北京大学国際関係学院の唐士其副院長と島根県立大学の宇野重昭名誉学長による基調講演が行われ、その後「国家と市民社会」「市場経済と格差」「共振する中国と国際社会」の各セッションが続き、北京大学から楊朝暉氏、梁雲祥氏、人民大学から董筱丹氏、愛知大学から唐燕霞氏、島根県立大学から李暁東氏、佐藤壮氏、江口伸吾がそれぞれ報告した。最後に、一橋大学副学長(現在は青山学院大学教授)の大芝亮氏が総括報告を行った。本書の構成も、このシンポジウムに準じている。なお、本書に収録されている論文は、シンポジウム終了後、報告者がそれぞれの原稿に加筆修正したものを掲載した。

また、本書には、一つの補論と二つのインタビュー記録を併せて収録した。本書は、2012~13年度、北東アジア地域学術交流研究助成金の支援の下に進められた「『北京コンセンサス』と日中関係の行方─北東アジアにおける国際秩序の変化をめぐって─」の研究プロジェクトの活動が基になっており、その活動の一環として、2012年9月21日、北京大学国際関係学院において座談会「“中国模式"的思考」を開催し、2013年9月には北京でインタビュー調査も実施した。本書では、座談会で報告していただいた北京大学国際関係学院の潘維氏からの寄稿論文、並びに清華大学人文社会科学院の汪暉氏、中国社会科学院文学研究所の孫歌氏とのインタビュー記録を収録し、2年間に亘る活動の一端を併せて公表する。

まず、基調報告では、「中国模式」に関して、日本と中国のそれぞれの観点からその内容を検討している。

第1章「世界化に向かう『内発的発展論』から見る中国『模式論』」(宇野重昭)では、日本の内発的発展論の観点から、「中国模式」の変化のプロセスを比較考察し、「民族意識」を抑制するための「国際化」「普遍化」「理性化」の可能性を論じている。中国の近代化の特徴の一つとして20世紀全体を通して形成されてきた中国の民族意識のパターンがあるが、これが現在の習近平政権に至るまで一貫して継承されており、リアルな事実としての民族性重視の姿勢を踏まえるとともに、国際的視野に立った民族性に立脚し、欧米的価値の合理的部分もとり入れながら、中国が抱える環境改善・格差是正・権力の肥大化抑制・人間尊重などの人類共通の課題を内発的に解決することが可能かどうかを問いかけている。また、鶴見和子をはじめとする日本の内発的発展論の展開を踏まえ、1980〜90年代に行われた費孝通との共同研究において、「模式」が地域間の並列的模式論として考案されたが、これとは対照的に2008〜13年の「中国模式」論争では「模式」が民族単位の競合問題としての「モデル」に転化し、この時期を「突出期」として位置付け、歴史的な文脈における「中国模式」論の変遷を考察している。

第2章「『中国模式』論争をどう見るか」(唐士其)では、「中国模式」の論争を通して、中国の現在の思想潮流や社会問題を分析し、中国の未来の発展方向について批判的に検討している。まず、「中国模式」の論争について、「エリート主導下の相対的に権力が集中した政治体制」と「政府による実効性のあるコントロールを受ける経済体制」を改革開放の成功の原因とみる「模式派」と、それをさらなる改革の対象とする「反模式派」の論争と位置付けながら、「模式派」を「正統派」「実用派」「保守急進派」、「反模式派」を「改革派」「自由派」「反省派」に類型化し、多様な観点から論じられる複雑な論争の実態を明らかにする。本章では、とくに「反省派」の観点に立ち、論争の諸々の観点をとりあげながら「模式派」「反模式派」の論議を批判的検討の俎上に載せ、両派が中国社会に与える肯定的・否定的な諸側面を詳細に検討することによって論争がイデオロギー化することを回避し、中国の未来の改革と発展を進めるためにそれぞれの合理的な部分を吸収する具体的な可能性を模索する。

第1部「国家と市民社会」では、以上の「中国模式」の論議を受けて、中国における国家と市民社会との関係に焦点を当て、中国政治の独自性と普遍性の問題を考察している。

第3章「党の領導の歴史地位と転換」(楊朝暉)では、中国政治の最も核心的な特徴として中国共産党の「領導」をとりあげ、その歴史的変遷と現代中国における党の領導の変化を論じている。まず、党の領導の起源が毛沢東に由来することを指摘しながら、党を中国の近現代史の発展の過程に位置付け、中国の伝統的な政治文化との断絶の上で形成されてきたことを強調する。他方、1980年代以降、中国文化と西洋文化との衝突・融合論が論議されるようになり、中国の近現代史そのものの解釈がより広い歴史的視野を獲得したことも指摘する。また、1949年の建国後、革命期に形成された党による一元化された領導が継承され、文化大革命の過ちをもたらす重大な要因となる一方、改革開放期の1987年の党の第13回全国代表大会では政治・思想・組織の3つの側面から領導がまとめられ、そのあり方をめぐる具体的な論議のなかで、党の政策決定過程における科学化・民主化、党の領導の能力向上などが進められたことを明らかにするとともに、その課題も指摘し、中国共産党がどこに行くのかは中国のみならず人類の未来にも影響しかねないと論じる。

第4章「『百姓社会』:中国の『市民社会』の語り方」(李暁東)では、ウェーバー、トクヴィルなどの西欧における市民社会形成の論議を参照しながら、中国において「市民社会」を内発的に形成する可能性が論じられる。まず中国の歴史を振り返りながら、「主体性無き主体」としての人民が如何にして主体性を獲得できるのかという課題をとりあげ、中国社会のギルドの宗族性や権力への寄生の傾向性、国家と社会の間にある「第三領域」における「官、紳、民」の結合などがその障害となってきたことを指摘し、また現在の中国社会においても、政治・経済・知のエリートの結託と大衆との乖離が、民衆を「ばらばらの砂」にする状況を固定化させているとして、この課題の困難性を明らかにする。これに対して、中国の「市民社会」形成の可能性を都市部の社区建設に求め、とくに「弱勢群体」と呼ばれる社会的弱者の「自助」「互助」「共助」の活動や「半行政」的な性格をもつ社区居民委員会の活動などが、社区内部の「つながり」をもたらし、中国的な「市民社会」としての「百姓社会」を内発的に形成していくであろうことを論じている。

第5章「現代中国の国家建設と『公民社会』のガバナンス─市民社会・ボトムアップ型国家コーポラティズム・人民社会をめぐって─」(江口伸吾)では、現代中国の国家建設と「公民社会(civil society)」のガバナンスのあり方を考察する。とくに中国の国家建設が近代化の過程で伝統との断絶性だけでなく連続性があることに着目し、政治文化論の視点から官僚制支配の政治社会や党の「領導」の権力観を検討する。また、改革開放期において、グローバル化を背景にした市場経済化によって多元化・流動化する政治社会の統治のあり方が国家建設の喫緊の課題となり、都市部の社区建設と習近平政権で強化される「群衆路線」をとりあげ、国家と社会を媒介する「公民社会」の形成に関して、(1)市民社会、(2)ボトムアップ型国家コーポラティズム(国家/リベラル・コーポラティズム)、(3)人民社会の3つの経路を考察する。なかでも人民社会の傾向を強める「群衆路線」は、伝統的な徳治支配の手法とも重なり、政治と道徳が分離されない中国的特質が政治社会に与える肯定的・否定的な影響を指摘し、今後それぞれの経路の間の矛盾を深めるであろうことを示唆する。

第2部「市場経済と格差」では、中国の経済・社会の領域に焦点を当て、とくに市場経済化とその結果生じる格差問題について、中国の独自な対応があるのかどうかを検討している。

第6章「『中国模式』の特殊性と普遍性─労使関係の視点から─」(唐燕霞)では、工会(労働組合)の役割に着目しながら、市場経済化の過程で深刻化する労使関係の問題を考察する。まず、社会主義市場経済体制の下、国有企業改革に伴う大量の「下崗」労働者の出現、失業率の上昇、収入格差の拡大、社会階層の多元化など中国の労働環境の変化を紹介しながら、2001年の「工会法」の修正改訂、2008年の「労働契約法」の施行を通して、労働者の権利を擁護する環境が改善されてきたことを指摘する。他方、労働紛争の案件の急速な上昇、集団陳情・デモ行進・座り込み・ストライキなどの「群体性事件」の急増などから、中国では「強い資本、弱い労働」という状況がむしろ強まっており、工会の役割転換の重要性を説く。とくに、党や経営者の影響力が強い工会において、農民工を包摂する工会組織の設立、工会主席の民主選挙、労働者の団結権・団体交渉権・ストライキ権を労働者に賦与するなどを通して、真に労働者を代表する工会への転換を図り、中国の特殊性を乗り越えて普遍的な労使関係の制度的枠組みで労使紛争を調整する必要性を強調している。

第7章「1949年以来の中国の都市と農村における市場化プロセス」(董筱丹・張蘭英・劉雨晴・温鉄軍)では、1949年の建国以降の都市と農村における市場化のプロセスを対象にして、中国の市場で実際に行われた経験を考察する。まず第二次世界大戦後の大部分の発展途上国は先進国モデルを参照して工業化を進めるがその多くは成功しなかったこととは対照的に、中国は資本の本源的蓄積に成功し、その原因を中国独自の経験に求める。すなわち、建国から現在に至るまで合計9回に亘って起こった経済危機をとりあげながら、1950年の土地改革に始まり、人民公社による集団化、「三自一包」、上山下郷運動、郷鎮企業の興隆とその退場、新農村建設による「資本下郷」などの現在に至るまでの三農(農村、農業、農民)の諸政策を通した制度改革を通して危機を回避する方法がとられてきたことを指摘する。換言するならば、都市・農村の二重構造という中国に特有の社会構造の下、三農がその危機の負荷を担うことで「安定器」としての役割を果たし、「農村による市場救済」によって中国の危機を「軟着陸」させる独自のメカニズムが機能してきたことを強調する。

第3部「共振する中国と国際社会」では、中国をめぐる国際環境の領域に焦点を当て、中国と国際社会がどのような相互影響を与えているのかという問題を考察する。

第8章「『世界の中国』か、それとも『中国の世界』か」(梁雲祥)では、「中国模式」論争においてコンセンサスが得られていないにもかかわらず、何よりも論争が起こった事実が中国の発展が確実に世界的な影響力をもったことを示しており、中国の外交が今後より包容的になるのか、あるいは攻撃的になるのか、という問題に答えようとする。まず、改革開放期の中国外交が世界革命や国際主義といったイデオロギーではなく現実の国益に規定されるようになり、愛国主義とナショナリズムがそれを支えると指摘する。また、中国の古代からの大国意識や近代を一貫する屈辱の歴史によって、現状の国際秩序を不公平なものと捉える中国人の潜在意識が醸成され、近代国際秩序の制定者・受益者としての西欧諸国との間の認識の落差をもたらし、現在の中国と国際社会との軋轢の要因になっていると論じる。ただし、軍事的・経済的・国内的な要因をみると、「中国模式」が主張する独自の発展は持続不可能であり、中国が国益追求を合理的に追求するならば、国際社会の平和とグローバル化の恩恵の下、「世界のなかの中国」であり続けなければならないと強調する。

第9章「新興大国・中国と東アジア地域秩序─国内秩序と国際秩序の相互作用の観点から─」(佐藤壮)では、国際関係論・安全保障論の視点から、21世紀の中国の台頭が国際秩序の形成に影響を与える過程に焦点を当て、その特徴を国内政治の統治と国際秩序の相互作用の視点から考察する。まず、近年の中国の台頭と国際秩序の関係性を示す現象として「中国脅威論」をとりあげ、ヘドリー・ブルやロバート・ギルピンなどの論議を参照しながら理論的検討を行い、それが国際システム自体というよりは、むしろシステム内部の変化であることを明らかにし、国際秩序のガバナンスが問われていることを強調する。また、中国の対外政策をめぐる国内対立の諸状況にも考察を進め、複雑化する国内統治との連関性から国際秩序の形成の過程を論じる。最後に、これらの論議を通して、中国がつくる国際秩序は、統治の正統性を立憲主義や分権主義ではなく、権威の道義性や倫理性に求める権威主義的階層型秩序の特徴を帯びているという試論を提示するとともに、米国が主導するリベラルな立憲主義的覇権型秩序との比較研究を行う必要性を課題として指摘する。

「総括報告」(大芝亮)では、以上の論議を踏まえて、国際関係論の視点から本シンポジウムの内容をまとめている。まず、中国はいまや国際関係におけるグローバル・アクターであることを確認するとともに、「中国模式」を考察するには、中国の歴史に依拠した内発的発展を理解した上で、グローバル化時代の普遍性をもつモデルに成りうるのかどうかを検証するプロセスを経る必要性があることを指摘する。その際、サブ・サハラにおける中国の投資・援助の例をあげながら、「中国模式」の成否は、中国の驚異的な経済発展というハード・パワーへの注目にあるのではなく、むしろ発展途上国の一般の市民がどれくらいそれに魅力を感じるのかというソフト・パワーの問題に拠るであろうと論じる。またEUの統合や多民族国家としての米国を参照しながら、多様性を受け入れる普遍性がソフト・パワーの源泉となっていることを紹介するとともに、これは西欧諸国に限定される問題ではなく、「中国模式」の独自性と普遍性に関する論議を通して、「多様性と統合」を原理とした国際秩序や北東アジア地域秩序の形成につながる新たな可能性を指摘する。

以上が、シンポジウムで報告された内容であるが、下記に補論とインタビュー記録も併せて紹介する。

補論「人民を組織して当事者にする─現在の『国家ガバナンス』の核心的な任務について─」(潘維)では、国家と社会との役割分担を通して、国家ガバナンスを再編することを考察している。まず、国家ガバナンスの方法は、各国・各地域の生産関係や生活方式が異なるため、国情に応じた適切な方法がとられるべきであると指摘する。その上で、中国における国家ガバナンスの改革は、積極的な大政方針・政治路線・思想路線・組織路線を拠り所としながら、国家が管理すべき「大きいこと」と社会が担うべき「小さいこと」を整理・再編し、国家ガバナンスの能力向上を図ることが課題となっていると強調する。なぜなら、現在の中国が抱える問題の原因の一つとして国家が社会の問題を過剰に抱え込むことがあり、その結果、一方で官僚主義や腐敗が生まれ、もう一方で民衆も個人的な欲望を膨らませ「ばらばらの砂」となる悪循環が生まれると分析する。これに対して、基層社会の「自然的な社区」への人民の参加を通して自治化を促し、社会における「フラット組織」化によって「権力を籠のなかに閉じ込め」、「官僚体系」の健全化を進めることを提案する。

「インタビュー記録(1)」(汪暉)では、主として「中国社会主義の歴史の蓄積」「中国模式をめぐる論争−普遍性を追求する新自由主義からの批判と反論−」「党・国家の機能をいかに強化するか」「発展にともなう三大格差の複雑性」「権力をいかに籠の中に閉じ込めるか」「群衆路線について」「マルクスの問い直しかた」「政治構造と社会構造」「新しいコモン」「『重慶模式』の問題の位相」などのテーマを検討する。まず、汪暉氏は、自身が「中国模式」論争に関わってきたが、「模式」ではなく、むしろ「中国の経験(中国経験)」「中国の道(中国道路)」という概念を使うと断わり、「模式」を「モデル」として捉えることに否定的であることを明言する。他方、「中国模式」に対する新自由主義の批判に対して、現在の中国の発展は建国以後の社会主義建設の蓄積の上に成り立っていることや、経済の自由化が国家と利益集団の癒着を促し、民主化・法治化が実際は既得権益層の「権貴資本主義」と格差構造の拡大を正当化するとして反論する。そのようななか、中国の現実に立脚し、自分たちの生活や文化を保障する新しいコモンを構築する必要性を強調する。

「インタビュー記録(2)」(孫歌)では、主として「輸入品としてのリベラリズムと新左派の理論」「一貫する伝統中国の原理」「格差社会と伝統的意識のなかに生きている公平原理」「孫文と毛沢東の実質的な民主主義の提起」「中国社会の魂の入った散歩デモ」「溝口雄三の中国認識−丸山眞男の『自然と作為』論では説明できない中国−」「新しい秩序をつくる郷里空間」などのテーマを検討する。とくに「中国模式」論争の背景となる中国のリベラリストと新左派の論争について、いずれも輸入した概念を用いているがゆえに、中国の歴史・風土と断絶し、現実の中国社会の動向を捉えきれておらず、むしろ中国の歴史のなかで形成されてきた伝統中国の原理とでも言うべきものを考察に組み入れる必要性を指摘する。すなわち、伝統中国は近代化の過程で大きな衝撃を受けながらも一度も壊されたことはないとし、王朝と民との脆弱な関係に由来するヨーロッパとは異質な独裁と「散歩デモ」、溝口雄三が提起した「郷里空間」と現代社会の相互扶助などの例をあげながら、現代中国に生きている伝統の論理を析出し、中国の発展の独自性を強調する。

〈注〉

*1: 潘維主編『中国模式─解読人民共和国的60年─』中央編訳出版社、2009年。また、2008年12月20日、潘維が責任者を務める北京大学中国与世界研究センターが主催した「人民共和国60年と中国模式」シンポジウムでは、50数名にも上る国内・海外の学者が「中国模式」について議論を交わした。北京大学中国与世界研究中心/潘維・瑪雅主編『人民共和国六十年与中国模式』生活・読書・新知三聯書店、2010年。

*2: 管見する限り、日本では、関志雄「『中国モデル』をめぐる論争」(2010年10月28日掲載、http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/101228kaikaku.htm)、毛里和子『現代中国政治─グローバル・パワーの肖像─第3版』名古屋大学出版会、2012年、などを嚆矢として、「中国模式」に関する学術的な検討が進められた。また、近藤大輔『「中国模式」の衝撃─チャイニーズ・スタンダードを読み解く─』平凡社、2012年、などのような一般書も刊行され、広く関心を集めた。さらに、「中国模式」を支持する張維為/唐亜明・関野喜久子訳『チャイナ・ショック─中国震撼─』科学出版社東京株式会社、2013年(『中国震撼─一個“文明型国家"的崛起─』上海人民出版社、2011年)、が日本でも翻訳出版された。

*3: Joshua Cooper Ramo, The Beijing Consensus, Foreign Policy Centre, 2004. また、この問題提起は、その後広く論議されるようになった。たとえば、中国国内では、北京コンセンサスが提唱された翌年、黄平と崔之元が編者となり、提唱者のラモ、ワシントン・コンセンサスを提唱したジョン・ウィリアムソン(John Williamson)、ポスト・ワシントン・コンセンサスを主張するジョセフ・スティグリッツ(Joseph E. Stiglitz)、ダニ・ロドリック(Dani Rodrik)、胡鞍鋼、兪可平、庄俊挙が参加した『中国与全球化:華盛頓共識還是北京共識』社会科学文献出版社、2005年、が出版された。

*4: ステファン・ハルパー/園田茂人・加茂具樹訳『北京コンセンサス─中国流が世界を動かす?─』岩波書店、2011年、245頁(Stefan Halper, The Beijing Consensus: How China's Authoritarian Model Will Dominate the Twenty-First Century, Basic Books, 2010)。他方、北京コンセンサスは、ワシントン・コンセンサスに取って代わることはないとする議論もある。たとえば、Mark Beeson and Fujian Li, “What consensus?: Geopolitics and policy paradigms in China and the United States, "International Affaairs Vol. 91, Issue I, 2015. があげられる。

*5: 程恩富主編/李建国副主編『中国模式之争』中国社会科学出版社、2013年。なお、本書の第1章(宇野重昭)では、中国の国内外の情勢変化との関係からこの論争を分析している。また、第2章(唐士其)では、「模式派」を「正統派」「実用派」「保守急進派」、「反模式派」を「改革派」「自由派」「反省派」に類型化して論議している。

*6: 兪可平「“中国模式"并没有完全定型」程恩富主編/李建国副主編、前掲書、182頁。なお、唐士其は、兪可平を「賛成派」の「正統派」として位置づけている。これは、兪可平が、体制内の左派の論客として、「中国模式」がソ連とも西欧諸国とも違う民族国家が現代化に至る径路を開拓したとして肯定的に評価していることに由来すると考えられる。兪可平、同上論文、180-182頁。なお、兪可平による「中国模式」の定義は、本書の第2章(唐士其)において紹介されている。

*7: 徐崇温「対“中国模式"有四個誤解」、同上書、40-41頁。

*8: 鄭永年「国際発展格局中的中国模式」、同上書、146-147頁。

*9: 鄭永年『大格局─中国崛起應該超越情感和意識形態─』東方出版社、2014年、18頁。

*10: 本書では、この点を踏まえ、訳出された「China model」「中国モデル」が「中国模式」の一側面だけを捉えているため、中国語の原文をそのまま表記している。なお、資料を引用する場合は、原典の表記にしたがっている。また、各執筆者の判断により、両者を使い分けて表記している場合もある。

*11: 甘陽「中国道路還是中国模式?」程恩富主編/李建国副主編、前掲書、252-254頁。この点に関して、本書の汪暉氏とのインタビュー記録において、「中国模式」「中国道路」「中国経験」の諸概念について言及している。

*12: 秦宣「“中国模式"之概念辨析」、同上書、61-62頁。

*13: この点に関して、第1章(宇野重昭)において、社会学者の費孝通が提起した「模式」論から現在の「中国模式」論に至る「模式」概念の変遷のプロセスを検討している。

索引

株式会社 国際書院
〒113-0033 東京都文京区本郷3-32-6-1001
Tel: 03-5684-5803
Fax: 03-5684-2610
E-mail: kokusai@aa.bcom.ne.jp