国連研究 18 多国間主義の展開

日本国際連合学会 編

米トランプ政権が多国間主義の撤退の動きを強めるなか、諸問題に多くの国がともに解決を目指す多国間主義、国連の活動に日本はどう向き合うのか。若手研究者が歴史的課題に果敢に挑戦する。(2017.7.8)

定価 (本体3,200円 + 税)

ISBN978-4-87791-283-3 C3032 323頁

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目次

著者紹介

〈執筆者一覧〉

渡邉昭夫
平和・安全保障研究所副会長
植木俊哉
東北大学教授
掛江朋子
横浜国立大学特任准教授
東大作
上智大学准教授
松隈潤
東京外国語大学教授
川口智恵
国際協力機構 JICA 研究所研究員
政所大輔
神戸大学大学院法学研究科助教
玉井雅隆
立命館大学・京都学園大学講師
菱沼剛
名古屋学院大学教授
山本慎一
香川大学准教授
滝澤三郎
国連 UNHCR 協会理事長
大平剛
北九州市立大学教授
星野俊也
大阪大学教授
キハラハント愛
東京大学准教授
井上健
国際協力機構(JICA)国際協力専門員

〈編集委員会〉

上野友也
岐阜大学准教授
瀬岡直
近畿大学特任講師
富田麻理
人権教育啓発推進センター特別研究員
本多美樹
法政大学教授
滝澤美佐子
桜美林大学教授
(編集主任)

まえがき

平和と安全保障、人権、開発援助や人道支援、気候変動をはじめとする地球環境問題、越境する保健衛生課題など、地球規模の問題を解決するために、国際社会は様々な政府間国際機構や国際規範、多国間の制度を生み出してきた。国連は、アメリカが多国間主義を外交政策として推進したことにより成立をみて、ほぼ普遍的な国々の参加により国際連盟の時代よりも長期間、その枠組みを維持してきた。国連やブレトンウッズ機構、さまざまな地域的機構などグローバル、リージョナルな多国間枠組みの成立があり、また、多数国間条約の数は20世紀に飛躍的に増えた。

多国間主義は多国間外交において所与のものではない。多国間主義は、国際的な協調による諸問題への対処の一方式であり、21世紀の国際社会におけるグローバル・ガバナンスの運営に一層求められているともいえる。しかし、国連等の国際機構や国家による問題解決が最も必要とされるこの時代にあって、多国間主義や多国間制度は「行き詰まり状態(Gridlock)」*1にあるといわねばならない状況に直面してはいないだろうか。本号は、こうした認識に立って、そもそも国連が創設の基礎としていた多国間主義はすでに不在となったのか、どのような挑戦をうけているのか、その展開や諸相について考察することを目的として編集された。

「多国間主義」とは、ラギー(John G. Ruggie)によれば、「一般化された行動原則に基づいて、3カ国もしくはそれ以上の国家間の関係を調整する制度的形態」*2である。この定義を出発点にすれば、多国間主義は、共通の理念や原則・規範の共有によって、3カ国以上の国々が相互に協力する制度となる。多国間主義そのものは19世紀のヨーロッパ協調や国際河川の共同管理など国際機構の歴史的淵源である。国際関係論では勢力均衡論でなく諸国の協調関係の側面から秩序形成を考える立場が1970年代からすでに出ている。引用したラギーの定義が出されたのは冷戦直後の1993年である。当時は、国際協調に対する期待と楽観論も広がっていた。国連の安保理が機能麻痺の状況から抜け出した時であり、長く実現されなかった国連人権高等弁務官の創設もされた時期である。

ポスト冷戦から20年以上が経った今日の国際社会は、ますますグローバル化の様相を強め、トランスナショナルな動きやネットワークが一層発展している。グローバル・ガバナンスの名のもとに、グローバルな管理・運営が必要とされる問題が噴出し、協力関係が求められるのは、国家のみではなくなった。国連のみをとってみても、国際公務員、専門家、非政府組織(NGO)が関与し、さらには大学等の研究機関企業との連携も広がっている。国連や他の多国間の枠組みにおいてもマルチ・ステークホルダーという言葉に示されるように、多様な非国家主体がグローバル・ガバナンスに関与をしている。「多国間主義(マルチラテラリズム)」を「多主体間主義」、「多主体協治」と表現するなど、日本の学術用語においても多国間主義はすでに見直されている*3

本号は、多国間主義ないし多主体間による協調主義の展開について、特集論文において、その諸相や展開が論じられる。政策レビューにおいては日本の国連外交への政策提言を通して、多国間主義を志向した多国間外交の可能性が説かれる。さらに、独立論文では国際機構を通じた多主体の連携、異なる国際機構間の協働やネットワーク、国連で生成された理念や規範の接合の可能性が説かれる。書評論文からも特集テーマについていくつもの示唆が得られるであろう。

以下、特集テーマ論文から掲載順に各セクションの論文の紹介をする。

渡邉論文「なぜいま多国間主義が問題なのか?」は、ラギーによる多国間主義の定義において「一般化された行動規範」に基づいて協力するという部分に着目し、多国間主義を推進する力として「目指すべき国際秩序についての共通した目標」の有無が肝要だと説く。しかし、多国間主義の目指す共通目標に向けて多数国で共同に行動する際、権限を分有する行動主体が多数であり意思決定は極めて複雑かつ困難であること、大国に特別の責任が求められ大国間協調と多国間主義とは矛盾するものでないが、大国の現実の行動は協調的とは限らないこと、小国は多国間主義的組織において行動しやすい点も指摘する。さらに、多国間主義の展開が容易ならざることを説きつつも、地域的な単位での秩序形成は無視できないことを説き、地球主義と地域主義の並存として多国間主義の現状を読み解く。

それでは、多国間主義を推進する地球主義と地域主義は調和的に発展しうるのか。EUという突出した地域統合により国連法秩序とEU法の関係に動揺が生じてもいる。植木論文「国連憲章とEU法の関係」は、国連憲章条において示された「他の国際協定」との関係での国連憲章の優越性が、「最も精緻で強力な体系を構築している」EUの法秩序・法体系によって揺るがされているのかについて国際法の視座から、関連する条約の条文、先行する判例を踏まえて考察をする。とくに、スマートサンクションの資産凍結対象者となったカディが、国連安保理決議を実施する当時のECの措置の無効を権利侵害を根拠に訴えた2件のKadi事件の欧州共同体司法裁判所判決に切り込む。Kadi II事件ではEU法の自立性・独立性を国連憲章に対して主張する判断を示したが、その判断には慎重な見解を示し、一般国際法と他の特別国際法、国連憲章とEU法の関係の理論的な検討の必要性を説く。

多国間主義では、地球主義と地域主義との関係に加えて、その推進主体である非国家主体との関係を考察することは今日不可欠である。掛江論文「天然資源開発における透明性の要請―マルチセクター多国間主義の可能性と限界」では、天然資源開発が真に経済発展をもたらすよう不透明な資金の流れを防ぐ「採取産業透明性イニシアティブ(EITI)」に焦点を当て、政府、企業、市民社会からなるマルチ・ステークホルダーによる多国間主義の取り組みの意義と限界を検証する。天然資源開発に関与する多国籍企業へのアカウンタビリティと透明性の要請がソフト・ハードな行動規範にまで高められる過程を跡づけ、EITIという具体的なマルチセクター多国間主義制度の発展をたどる。EITIが複数主体による重層的な取り組みにより目標達成に相互補強をする場合もあるが、ソフトな規範であるEITIの履行や効果には、国家の意思、国内法体制、国連等による参加国促進の対応が必要であると説く。

続く政策レビューは、「多国間主義の展開」を日本における国連外交の側面から提言を含めて検討を加えた論稿であり、特集テーマの政策研究として位置付けられる。

東論文「トランプ政権、多国間主義、そして日本―グローバル・ファシリテーターとしての役割」では、アメリカのトランプ政権が多国間主義から離脱する動きを見せるなか、日本が多国間主義におけるグローバル・ファシリテーターとしての役割を担うべきであると主張している。東氏が、研究者として平和構築に関する研究を進め、国連日本政府代表部公使参事官として平和構築に関する業務に携わるなかで強調してきたのが、「包摂性(inclusivity)」の概念であった。東氏は、自らが関わった「国家再建に関する包摂性セミナー」、和平調停に関する国連総会決議、国連平和構築委員会教訓作業部会での議論を紹介した上で、今後、日本政府が国連加盟国や国連事務局に対して課題を設定し、そこから教訓を引き出すことで、グローバル・ファシリテーターとしての役割を果たすことを求めている。平和構築に向けて加盟国やステークホルダーの共同行動を促す鍵概念を東氏の経験から導いている。

松隈論文「国際の平和と安全の維持―武力不行使原則の今日的意義と課題」は、集団安全保障という多国間枠組みの課題を検討し日本外交の在り方を探るものである。加盟国、とくに安保理事国によるさまざまな武力行使が、国連の集団安全保障の枠組みを逸脱した単独行動なのか、多国間枠組みの国連憲章の枠組みにとどまるものなのかを中心の課題として論じる。武力不行使原則が、国連創設から70年をすでに経過した今日、国連加盟国によってどのように認識され、さらに、同原則が射程とするに至った保護する責任や自衛権の拡大を検討した結果、松隈氏は、「黙示のマンデート論」や保護する責任論の展開を追い、国連憲章の解釈により武力行使の根拠についての説明は試みられているものの、武力不行使原則自体に関する例外を理論化する動きが確認されていないと説く。その上で、日本の国連外交は、国連憲章をはじめとする国際法に基づく法の支配の重要性の強調、日米同盟を基礎とした国連外交、人間の安全保障の主流化からの安保理会改革を提言する。

独立論文には以下の4本を掲載した。

川口論文「紛争影響下における人道救援と開発の連続的実施―南スーダン事例からの考察」は、人道危機に対応するためには人道救援と開発援助のギャップを埋めて継ぎ目のない支援を行う必要があるという「人道救援と開発の連続的実施」の議論を取り上げ、南スーダンの事例を素材にこの議論の現状と課題を明らかにしようとする。筆者は、南スーダン紛争を3つの時期に区別し、国際社会が人道救援と開発の連続的実施を迅速かつ実効的に行うよう腐心しているが、必ずしも奏功していない実態を浮き彫りにする。そのうえで、従来の介入側の視点を重視するアプローチから転換し、被災地の人々の危機対応能力を高めることで人道救援と開発の連続性を確保するレジリエンス・アプローチの可能性を指摘している。

政所論文「保護する責任の実施と人間の安全保障―国際支援に着目して」は、国連において保護する責任を実施するに際して、人間の安全保障が有する意義を明らかにしようとするものである。従来必ずしも明らかではなかった「保護する責任」と「人間の安全保障」の概念の基本的な違いを丹念に分析したうえで、筆者は、保護する責任を効果的に実施していくためには、人間の安全保障の視点を積極的に導入し、両概念を明確に区別しようとするこれまでの国連における認識を改める必要性を主張する。そして、今後、保護する責任を実施していくためには、これまで関心が集まってきた第3の柱である強制力を用いた市民の保護よりはむしろ、第2の柱である国際支援を通じた市民保護の側面の意義を真剣に検討する必要があると結論づけている。

玉井論文「国際連合と欧州安全保障協力機構の協働―相互補完関係の成立過程に関する考察」は、これまで検討されることのなかった国連とOSCEの関係性について考察を行った論文である。筆者は、国連が、いつの時点から、どのように、OSCEと協働体制を構築するに至ったのかという点に焦点を当て、双方の関係性について、OSCEの前身である欧州安全保障協力会議(CSCE)の形成プロセスに遡って論じている。また、国連とOSCEの関係性がよく表れているOSCEのフィールド・オペレーションと国連PKOに注目し、それぞれの役割の相違などについても検討を加えている。

菱沼論文「国際機構の訓練・教育・研究機能の役割と今後の展望」は、国際機構の訓練・教育・研究機能を考察の対象とし、大学等の各国機関との対比におけるその特色や、国際機構としての意義と課題を論じている。筆者は、国際機構の教育・研究機能はそれぞれの独自の特色を活かして、各国教育機関や他の機構との提携関係も強化しながら、拡充してきた点を評価する一方で、それらの社会的な認知度、独立性、自律性、国際的ネットワークへの参加、また、常設性の必要性、各機関間の整合性には課題が多いと指摘する。そして、国際機構の教育・研究機能が果たすべき役割について、絶えず変化する国際社会からの期待を踏まえつつ、今後の展望を考えていく必要が生じていると論じている。

続いて、書評セクションでは、4本の書評を掲載した。

佐藤哲夫著『国連安全保障理事会と憲章第7章―集団安全保障制度の創造的展開とその課題』は、著者の専門である国際法および国際組織法の観点から、冷戦後の25年間にわたる国連安保理の実行を、とりわけ集団安全保障制度に焦点をしぼって、その展開と課題を描き出している。学術書として緻密な議論を、山本慎一氏によって丁寧に紹介されている。

墓田桂著『国内避難民の国際的保護―越境する人道行動の可能性と限界』は、難民の保護の観点からはとらえることが難しい国内避難民の保護について、「強制移動」の観点から検証し、多主体協治の重要性も指摘しつつその保護にかかる様々な問題を考察するものである。本書の紹介は、難民の分野に造詣の深い滝澤三郎氏が担当しており、極めて示唆に富む。

日本の開発援助についてはこれまで英文での紹介がなされておらず、そういう意味で、加藤宏、ジョン・ペイジ、下村恭民編著『日本の開発援助―対外援助とポスト2015アジェンダ』(Hiroshi Kato, John Page and YasutamiShimomura eds., Japan's Development Assistance: Foreign Aid and thePost-2015 Agenda)は、貴重である。ODAについて研究する者、たずさわる者にとって、必須の文献といえよう。本書の書評は、開発分野に詳しい大平剛氏が紹介をしている。

最後に野林健、納家政嗣編著『聞き書緒方貞子回顧録』は、本学会の生みの親でもあり、実務および研究の分野で活躍されている緒方貞子氏の生い立ちから近年の活躍についての回顧録を、元教え子であって学会でも活躍されている二人の編者によって会話形式でまとめたものである。元ゼミ生でもある星野氏は、本書を、緒方氏の半生を映し出すように生き生きと紹介をしている。いずれの書物も、本学会会員がそれぞれのご専門に基づく示唆に富んだ紹介をしており、本誌のテーマ「多国間主義の展開」にふさわしい内容となっている。

本号は以上の内容と日本国際連合学会会員による海外での学会活動の詳細な報告を含めて発刊される。

本号編集のさなかの2017年1月3日、国連に初登頂したアントニオ・グテーレス(António Guterres)国連新事務総長が、国連職員を前にして行った演説で、「今こそ多国間主義の価値を主張する時である。国連は多国間アプローチの要だ」と語った。また、本号では、いくつもの論文が「人間の安全保障」の概念を扱っているが、緒方貞子氏とアマルチア・セン氏が共同議長をした人間の安全保障委員会の報告書においても、「人間の安全保障の将来にとって、マルチラテラズムに対する新たなコミットメントが必須である」と述べ、単独主義(ユニラテラル)の動きを牽制している*4。本号では、多国間主義を推進する個人や、過去や現在の事務総長の役割については検討できなかったが、将来、外交政策担当者や個人による多国間主義に基づく活動の展開と意義について焦点を当てる必要があるだろう。

また、国連や国連システム、国際機構という多国間制度が、国際社会の公益と称されるような共通理念、規範、原則を次々に打ち出しながら、実現しうる体制を完全には備えられていないという現状も、多主体間による協調との関係で改善や変革の可能性につき引き続き国連研究の課題とされねばならないであろう。国連システムがさまざまに打ち出してきた規範により、人間の平等の理念が共有された今日、共通理念には共同実施が必須となろう。共通理念の実現の弊害となるような国連システムの組織的問題への対処も必要になろう。

グローバルには多国間主義の不在が成果よりもはるかに目立つとはいえ、多国間制度の進展が、とりわけ地域において進んでいることも本号では明快に指摘された。東アジアにおいては共同体が創設されていないなど不均質な状況であるものの、アジア太平洋や世界全体を眺めれば、グローバル、リージョナル、ナショナルとこれほど複数の法秩序、多国間制度のもとで人間が生きる時代はかつてなかった。各種のトランスナショナルなネットワークのグローバル、リージョナル、ナショナル、ローカルな動きまで加えれば、まさに一層膨大な相互作用と緊張関係の中に私たちは在る。そして、国連憲章体制があくまで中心であるという想定が、EU法の自律性の名のもとに動揺していることも事実である。そうした中で、いかに国際社会の公益を定め、責任を負い、調和的関係を深めていくのか。そうした世界にあっての国連システムの役割とは何か。それは、多主体の結節点として有効か。学問分野や実務の垣根を越えた対話を重ね、一層検討をする必要がある。その役割を果たすことを願う。

2017年5月編集委員会

滝澤美佐子、上野友也、本多美樹、瀬岡直、富田麻理(執筆順)

〈注〉

*1: Thmas Hale, David Held and Kevin Young eds., Gridlock: Why GlobalCooperation Is Failing When We Need It Most(Cambridge: Polity Press, 2014).

*2: John G. Ruggie,“Multilateralism: The Anatomy of an Institution,"in John G.Ruggie ed., Multilateralism Matters: The Theory and Praxis of an InstitutionalForm(New York: Columbia University Press, 1993), p.11.

*3: 「多主体間主義」については、清水奈名子『冷戦後の国連安全保障体制と文民の保護―多主体間主義による規範秩序の模索』日本経済評論社、2011年を参照。「多主体協治」については、本号墓田桂氏著書への書評論文を参照。特集論文でも「マルチセクター多国間主義」という言葉を掛江朋子氏が用いている。

*4: Commission on Human Security, Human Security Now: Protecting andEmpowering People(New York: Commission on Human Security, 2003), p.12.

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