アジア環太平洋研究叢書 1 「ポピュリズム」の政治学: 深まる政治社会の亀裂と権威主義化

村上勇介 編

政党政治の力学を創造することが民主主義体制を発展させ、ポピュリズム勢力の台頭を抑制する道を拓くことに繋がる。本叢書は学問的営為の軌跡を記し21世紀世界のありようを追究する。(2018.4.2)

定価 (本体3,500円 + 税)

ISBN978-4-87791-287-1 C303 297頁

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目次

著者紹介

[編者・執筆者紹介](編著:村上勇介)

村上勇介(むらかみ・ゆうすけ) 序章、第3章
1964年生 京都大学東南アジア地域研究研究所教授 博士(政治学)
ラテンアメリカ地域研究、政治学専攻
最近の業績は『秩序の砂塵化を超えて──環太平洋パラダイムの可能性』(帯谷知可との共編)(京都大学学術出版会、2017年)、『21世紀ラテンアメリカの挑戦──ネオリベラリズムによる亀裂を超えて』(編著)(京都大学学術出版会、2015年) 他。
岡田勇(おかだ・いさむ) 第1章
1981年生 名古屋大学国際開発研究科准教授 博士(政治学)
ラテンアメリカ地域研究、政治学専攻
最近の業績は『資源国家と民主主義──ラテンアメリカの挑戦』(名古屋大学出版会、2016年)、「ボリビアにおける国家と強力な市民社会組織の関係──モラレス政権下の新鉱業法の政策決定過程」(宇佐見耕一・馬場香織・菊池啓一編著『ラテンアメリカの市民社会組織──継続と変容』アジア経済研究所、2016年所収)他。
新木秀和(あらき・ひでかず) 第2章
1963年生 神奈川大学外国語学部教授 修士(地域研究)
ラテンアメリカ地域研究、現代史専攻
最近の業績は『先住民運動と多民族国家──エクアドルの事例研究を中心に』(御茶の水書房、2014年)、「運動と統治のジレンマを乗り越える──エクアドルのパチャクティック運動と祖国同盟の展開過程を手がかりに」村上勇介編『21世紀ラテンアメリカの挑戦──ネオリベラリズムによる亀裂を超えて』(京都大学学術出版会、2015年)他。
大津留(北川)智恵子(おおつる・きたがわ・ちえこ) 第4章
1958年生 関西大学法学部教授
アメリカ地域研究、政治学専攻
最近の業績は『秩序の砂塵化を超えて──環太平洋パラダイムの可能性』(村上勇介・帯谷知可共編、京都大学学術出版会、2017年)、『戦後アメリカ外交史(第3版)』(佐々木卓也編、有斐閣、2017年)、『アメリカが生む/受け入れる難民』(関西大学出版部、2016年)他。
仙石学(せんごく・まなぶ) 第5章
1964年生 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授
比較政治学、中東欧政治経済専攻
最近の業績は、The Great Dispersion: The Many Fates of Post-Communist Society (編著)(Slavic-Eurasian Research Center, Hokkaido University, 2018)、『脱新自由主義の時代?──新しい政治経済秩序の模索』(編著)(京都大学学術出版会、2017年)他。
玉田芳史(たまだ・よしふみ) 第6章
1958年生 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授 博士(法学)
タイ地域研究、比較政治学専攻
最近の業績は、「枢密院の人事と政治」『年報タイ研究』17: 1-23、2017、「タイにおける政治の司法化と脱民主化」『日本法學』82(3):627-651、2017、「タイのクーデタ:同期生から『東部の虎』へ」酒井啓子編『途上国における軍・政治権力・市民社会』晃洋書房、49-72頁、2016。
日下渉(くさか・わたる) 第7章
1977年生 名古屋大学大学院国際開発研究科准教授 博士(比較社会文化)
フィリピン地域研究、政治学専攻
最近の業績はMoral Politics in the Philippines: Democracy, Inequality and Urban Poor (National University of Singapore Press and Kyoto University Press, 2017)、“Bandit Grabbed the State: Duterte's Moral Politics", Philippine Sociological Review 65: 49-75, 2017 他。
間寧(はざま・やすし) 第8章
1961年生 アジア経済研究所主任研究員 博士(政治学)
トルコ政治経済、政治学専攻
最近の業績は “Economic and Corruption Voting in a Predominant Party System: The Case of Turkey," Acta Politica 53(1): 121-148, January 2018、“Legislative Agenda Setting by a Delegative Democracy: Omnibus Bills in the Turkish Parliamentary System," coauthored with Seref Iba, Turkish Studies 18(2): 313-333, June 2017 他。

まえがき

アジア環太平洋研究叢書シリーズの刊行にあたって

ベルリンの壁の崩壊から30年になろうとしている今日、世界全体としても、またその様々な地域においても、20世紀後半に形成された秩序や状態は激しく動揺している。

現時点において、世界レベルで覇を競い合えるアメリカ合衆国と中国との間に、大国間の戦争を回避するという世界秩序にとって最低限の了解が成立しているか否かについて、我々は確証を持てない。また、国家と社会のレベルでも、前世紀の間に追求され限界に達した福祉国家型の社会経済発展モデルに代わる新たなモデルや理念を構想することに成功していない。福祉国家型のモデルの代替として、市場経済原理を徹底させる新自由主義(ネオリベラリズム)の導入が世界各地に広まった。しかし、市場原理の貫徹のみを追求すれば、一握りの「勝者」と多数の「敗者」が生まれ、格差や貧困層の拡大と中間層の凋落といった事態が引き起こされることが明らかとなった。

そうした中で、20世紀の終わりに世界の隅々にまで行き渡るかに見えた自由民主主義的な政治の枠組みをめぐって、第二次世界大戦後にそれが定着した西ヨーロッパやアメリカ合衆国など先進諸国を含め、そのあり方が問われる現象が発生している。その枠組み自体が毀損する例も観察される。こうして、世界と地域、国家と社会、いずれのレベルでも縦、横に入った亀裂が深まり、既存の秩序やあり方が融解する現象が共時的かつ共振的に起きている。しかもそれは、政治、経済、社会の位相に跨って進行している。

我が国が位置する東アジアは、そうした世界の状況が最も先鋭的に現れている地域であり、中東などとならんで、いまや「世界の火薬庫」と化しつつある。アジアはもともと、国際秩序の制度化の面でヨーロッパのレベルには達しなかった。ヨーロッパでは、大国を中心とする階層構造が現実政治の世界では形成されたものの、17世紀以降、平等な主権を規範とする諸国の間での対等な関係が原則とされ、水平的な関係性に基盤をおく慣行を蓄積するという意味での制度化が進んだ。これに対し、アジアでは、大国中国を頂点とする垂直的な朝貢関係が19世紀まで存続したが、19世紀の帝国主義時代に、ヨーロッパやアメリカ合衆国の列強の介入により崩壊した。その後は、二つの世界大戦をへて、20世紀後半に、東西冷戦の下での暫定的な均衡状態が生まれ、維持された。東西冷戦の終焉とその後の展開は、その暫定的な均衡状態を形成、維持した条件に大幅な変更を加えることになり、情勢があらためて加速的に流動化した。

前世紀に展開した世界は、ヨーロッパに起源を持ち、その後アメリカ合衆国を含む世界大へと拡大した近代化の過程で構築された。その世界では、ヨーロッパやアメリカ合衆国が「文明圏」を形成し、その領域以外は混沌とした「野蛮な領域」として認識された。そして、前者を頂点とする一元的な原理に基づく秩序化が志向されてきた。20世紀の最後には、アメリカ合衆国による「一極支配」の下で、市場経済と自由民主主義が支配的となる世界の方向性が演出された。中長期的な傾向にはならなかったそうした状況は、近代以降のヨーロッパを発信源とする歴史動態の究極的な現れだった。

そして、それが潰えた現在、一元的近代化の過程は終結し、一定の領域に影響力を有する複数の権威の中心が併存する世界へと再編される可能性が出てきている。それは世界が多元・多層を基本的な特徴とする柔構造を備えた共存空間となる可能性である。国家や社会についても、20世紀までのような一元性ではなく、多元と多層が基本となる。統治や資源配分、社会、帰属意識など人間による諸活動がゆるやかに全体を構成しつつも中心となる機能は分節的な形で実効性が確保され、同時に機能の範囲に応じて多層的な構造を形作るといったイメージである。世界、国家、社会の各レベルにおいて、多元・多層を基本とする複合的な磁場が形成されることが考えられる。

いずれにしても、現時点では、今後の世界秩序の具体的な方向性やあり方について、何らかの確信に基づいて多くを語ることは困難である。拙速に陥ることなく、しかし悠長な時間の余裕はないことも念頭に置きつつ、我々は学問的探究を進める中で、21世紀世界の新秩序を構想していかなければならない。構想にむけては、世界レベルで覇権をめぐって争う能力を持つ大国の関係ならびにそれ以外の国々の発展と国際舞台での行動のあり方という二つの次元が複雑に絡み合って織り成される実践現場での多様な日常的営為を、注意深く、いわば鳥の目・人の目・虫の目をもって多角的に観察する必要があろう。そして、そこで紡ぎ出される制度──ある社会の成員によって、ある目的を達成するために正統と認められている了解・合意事項、行動定型、規範・ルール、慣習──を見出し、あるいは制度構築のための環境整備に貢献し、それらを丁寧に繋ぎ合わせて地域大、世界大の秩序形成へと発展、展開させなければならないだろう。それは、環大西洋世界で発展した既知のパラダイムを代替する「アジア環太平洋パラダイム」となるのではなかろうか。

本シリーズは、以上のような展望の下に展開する学問的営為の軌跡を記し、21世紀世界の新秩序を構想することに少しでも寄与することを目指すものである。

2018年3月31日

村上勇介・三重野文晴 

索引

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