国連研究 19 人の移動と国連システム

日本国際連合学会 編

グローバル難民危機、移民への対処は、世界の重要課題である。難民の保護・支援の枠組み、難民キャンプ収容政策、あるいは教育分野での高等教育はどのように対応していくのか。難題が山積している。(2018.6.30)

定価 (本体3,200円 + 税)

ISBN978-4-87791-289-5 C3032 305頁

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目次

表紙写真 UN Photo/Logan Abassi MINUSTAH and IOM Relocate Haiti Camp Residents before Storm

著者紹介

〈執筆者一覧〉

小尾尚子
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)上級オフィサー
小泉康一
大東文化大学教授
佐藤滋之
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)エチオピア事務所首席保護官
杉村美紀
上智大学総合人間科学部教育学科教授
大谷美紀子
国連子どもの権利委員会委員・弁護士
中村長史
東京大学 大学総合教育研究センター特任研究員
キハラハント愛
東京大学大学院「人間の安全保障」プログラム准教授
秋山 肇
日本学術振興会特別研究員・国際基督教大学大学院博士後期課程
石塚勝美
共栄大学教授
大泉敬子
前津田塾大学教授
山田哲也
南山大学教授
栗栖薫子
神戸大学教授
墓田 桂
成蹊大学教授
玉井雅隆
東北公益文科大学准教授
高橋一生
元国際基督教大学教授

〈編集委員会〉

上野友也
岐阜大学准教授
瀬岡 直
近畿大学専任講師
富田麻理
亜細亜大学特任教授
本多美樹
(編集副主任) 法政大学教授
滝澤美佐子
(編集主任)桜美林大学大学院教授

まえがき

グローバル化に伴い、国境を越えた経済、情報、そして人の移動はますます広がりをみせている。殊に難民や国内避難民の数は急速に伸び、記録的な数字を更新している。人の移動が大規模かつ加速化し、世界を不安定化させる要因ともなる中で、グローバルガバナンスが一層必要とされている。本号の特集は、非自発的であれ自発的であれ、大規模化した人の移動の諸課題に国際社会全体として包括的、長期的ビジョンが必要とされているこの時期に、国連システムはどのような役割や新しいアプローチをとることが可能なのかを問うものである。

人の移動への多国間の取り組みを振り返ると、難民や移民の問題への取り組みは、早くから存在した。国際連盟によるユダヤ人などの難民救済、国際労働機関(ILO)による移民労働者に関する諸条約の策定である。国連創設後は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の設立、難民の地位に関する条約・難民の地位に関する議定書(難民条約・議定書)という重要な多国間条約が締結された。国際移住機関(IOM)の前身も1951年には設立されている。

人の移動はその後、非自発的移動、自発的移動を問わず、移動の背景を多様化させていった。グローバルには難民条約・議定書体制、UNHCR、ILO、IOMが継続し、それぞれの機関が、支援対象者や活動を拡大させていった。

多様化する人の移動への国連システムの対応を、全体として眺めてみると、次の例に見るように、様々な分野に拡がっており、さらに関連する機関間で協議もしくは協働する形がとられてきた。1990年代から人の移動に関連する国連の対応は諸分野に包含されて拡大した。人権の分野では、1990年に「すべての移住労働者およびその家族構成員の権利に関する国際条約」(移住労働者権利条約)が採択された。人口分野では、1994年のカイロにおける国際人口開発会議の行動計画で、第10章に国際移住が入った。同章では脆弱な人々として正規、非正規移民、難民、避難民の状況への対処、国際的人身売買を盛り込み、社会への統合や再統合の促進、国境を越えた責任等の仕組みを明記している。国内避難民の増加は、UNHCRが援助対象者とするようになったものの、対応は、開発、人道、平和維持・構築活動、人権をはじめ多岐にわたる分野にわたった。国連では1992年以降国内避難民の保護・支援の調整役や、機関間常設委員会(IASC)といった調整機関も設置された。1994年に国内避難問題に関する事務総長特別代表が任命され、その調査に基づいて1998年には「国内強制移動に関する指導原則」が作成され、国内避難民の定義も生まれた。その後も、国際犯罪の分野でも国際組織犯罪条約の人身取引議定書が2000年に採択されている。2015年の持続可能な開発目標(SDGs)では、「誰一人取り残さない」ために脆弱な人々への支援を優先するとし、難民、国内避難民、移民がそうした支援対象に含まれるとしている。SDGsは経済成長と人間らしい雇用に関する目標8でも人身売買、移住労働者に触れている。人の移動に関連しては、このように様々な分野が人の移動の側面を扱い、さらに、関連機関の間で様々なネットワークやコンサルテーションといった協議の場が設けられてきた。

この非自発的移動・自発的移動を含めた人の移動が国家元首級の協議を要する優先的なテーマとなったのが、潘基文前国連事務総長の時代に開催された2016年5月のトルコ・イスタンブールでの「世界人道サミット」であり、同年9月の国連総会における「移民と難民の大規模な移動に関する国連サミット(移民・難民サミット)」である。移民・難民サミットのニューヨーク宣言では、2018年に移民と難民に関するグローバルコンパクトを作成することを決定し、さらに、IOMは、同サミット時に国連専門機関に加わり、国連システムの中で国際移住を担当する中心機関となることが決定された。新事務総長は、前国連難民高等弁務官を務めたアントニオ・グテーレス(Antnio Guterres)である。ニューヨーク宣言を受けて、2018年秋に国連総会で採択が予定されている2つのグローバルコンパクトは、UNHCRを中心に「難民に関するグローバルコンパクト」(難民グローバルコンパクト)、政府間協議により「安全な、秩序ある、正規の移住に関するグローバルコンパクト」(移民グローバルコンパクト)の2本立てで議論が大詰めである。

人々の移動は大規模となり様々な問題に波及しているだけに、問題の諸相が多岐にわたり見えにくい。人の移動を包括的に検討することで、問題を可視化し、具体的施策を打ち出す機会に国連システムは中核的な役割を負っている。国連システムのとろうとしている方向はどうなのか、排外的な傾向さえ見せる今日の国家、また、市民社会とその組織、市場は、人の移動の諸課題を意思決定の中に収め、役割や責任を共有することができるかが問われている。

以下、特集テーマ論文から掲載順に各セクションの論文を紹介する。

小尾論文「難民に関するグローバルコンパクト―難民の保護と支援の枠組みの再構築?」は、2018年9月に国連総会で採択予定の「難民に関するグローバルコンパクト」の議論の方向性を追い、難民保護・支援を効果的に行う上でいかに有益なのか、また、それが難民保護体制の再構築となるのかを検討する、本特集の総論となる論稿である。本稿はかつてないほど大規模に要請される難民保護の負担の途上国への圧倒的な偏り、長期化、保護の形骸化や難民排斥といった問題と、既存の難民条約・議定書体制のギャップを指摘する。今後必要なのは、難民条約・議定書の基本原則の確認に加えて、責任分担であり、その責任分担の主体が庇護国のみならず様々なアクターによる責任・負担の共有による上記ギャップ克服の可能性に注目する。長期的な自立支援・負担軽減の観点から人道と開発の協働の必要と先例も紹介し、実効的な支援への課題にも目を向ける。

小泉論文「“グローバル難民危機"と過渡期の難民・強制移動研究」では、昨今の難民問題に言及しつつ、そのような難民問題を理解し、分析するために必要な強制移動研究に焦点を当て、強制移動研究と国連研究を架橋することを試みている。難民・強制移動研究に対しては、強制移動の問題を解決するために国連機関やドナーなどから期待も寄せられているが、研究と実践の間に距離がある場合も指摘する。難民・強制移動研究は、学問的知識の探求だけでなく、倫理的行動としての性格を有する。難民が置かれている苦難を軽減することを念頭に置きながら研究するのでなければ、そのような研究を正当化する根拠は失われると主張している。また変化する避難の姿に新しい思考法を持つことの必要を説く。これは研究においても国連政策にも言えることではないか。

佐藤論文「難民キャンプ収容政策の推移と転換―その背景とUNHCRの役割」は、難民に対する援助と保護を提供する場として活用されてきた難民キャンプが、むしろ難民の移動の権利などを侵害するおそれがあることを指摘している。難民キャンプからの脱却を目指すために、UNHCRは、「キャンプ代替に関するUNHCRの政策」を提言し、その動きは、「移民と難民の大規模な移動に関する国連サミット」、「移民と難民に関するニューヨーク宣言」にも継承されている。「ニューヨーク宣言」が言及した「包括的な難民対応枠組」の一例として、エチオピアの開発プログラムを紹介し、難民キャンプから脱却するための方策を探っている。ヨルダンの特別経済区など企業の経済活動を取り込む試みとその課題も検討する。

強制的・非自発的移動の課題に続き、自発的移動にも目を向けたい。

杉村論文「学生移動を支える国境を越える高等教育とユネスコの対応」は、近年活発化してきた学生の国際移動に伴い形成されてきた高等教育のスキームとユネスコの役割について考察する。筆者はまず、今日の国際的な高等教育圏が形成されてきた背景について概観したのち、ヨーロッパやアジアの国家や機構によって各地域で形成されてきた教育圏と、地域間の連携によって提供されている多岐にわたる教育スキームについて整理する。その後、高等教育圏の発展に伴って必要になってきた教育の質の保証のためのシステム作りを進めるユネスコに注目する。ユネスコと各国や関連機関との高等教育に関する考え方の違い、利害関係などを指摘したうえで、共通の指針を作って高等教育を支えようとするユネスコの役割と、ユネスコが考える「文化的国際主義」の意義と課題について論考している。

政策レビューは、特集テーマの政策研究として位置付けられる。

大谷論文「人の移動の文脈における子どもの人権の保護に関する国連人権機関の動向」は、自発的移動、非自発的移動のいずれにおいても脆弱で保護の必要性のある子どもの権利について、2017年から国連子どもの権利委員会で委員を務める筆者が国連人権機関の議論の動向を紹介している。筆者はまず、人の移動に伴う子どもには、親や保護者と移動する場合、親などの移動先で生まれる子どもの場合、子ども自身は移動しないが親などが移動することによって影響を受ける場合、また、子どもが単独で移動する場合など、類型ごとに子どもが直面している人権問題の状況が異なる点を指摘する。そのため、子どもの権利条約の規定を補うべく、子どもの権利委員会が単独で、及び同委員会と移住労働者委員会と合同で、条約条文の解釈のために一般的意見を採択した。それらの概要を紹介し、同意見の内容が早急に周知・協議されるべきことを主張する。

独立論文セクションでは平和活動に関わる論文を中心に3本の論文を掲載した。

中村論文「出口戦略の歴史的分析―武力行使の変貌がもたらす撤退の変容」は、武力を用いた平和活動の出口戦略の重要性について、いかに撤退するかという方法ではなくなぜ重要かという背景に関する歴史的分析である。論文は冷戦終結後の出口戦略重視の諸例を紹介し、つぎに出口戦略重視の原因について二つの世界大戦、冷戦期、冷戦終結後と武力行使の性質が変化をし、その変化が介入側の撤退の裁量の幅に変化をもたらしたとする。そして、冷戦後は最も撤退するかどうかの選択の裁量が大きい時代であると結論する。そのため、有効な撤退戦略を模索することは、国際構造的に撤退が選択できるものとなっている現状から必然であるとする。

キハラハント論文「国連警察の武装化の要因分析」は、平和維持活動において文民警官が導入されるようになり、それが拡大する中で、国連警察として中核化する過程を追い、さらに、武装化された武装警察ユニットの増加を丁寧に跡付けるものである。そして、その武装警察ユニットの増加の背景が、マンデートの変化によるのかどうかを検証し、マンデートによる因果関係は薄く、配備の便宜の良さ、経費削減などがむしろ背景にあることを示している。そのことが、武装警察官の質の問題にも影響をしており、国連平和維持活動の取り組みの改善について問題提起も含むものとなっている。

秋山論文「UNHCRによる無国籍の予防と削減に向けた取り組み―その効果と課題」は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)による無国籍をなくす取り組み、とりわけ、2014年に開始した#IBelongキャンペーンについて、学術的視点から分析している。本号の特集手テーマとも重なり合う論稿でもある。無国籍問題は、昨今国際社会で注目を集めており、#IBelongキャンペーンも重要性を増しているが、#IBelongキャンペーンに関連するUNHCRの取り組み、その効果や課題を議論した論考はこれまでなく、2024年までに無国籍をなくすという目標を掲げるこのキャンペーンの折り返し地点にある現時点で、本稿のように学術的な観点から議論することは、今後の無国籍問題の展開に大きな意味をもつことになると思われる。

書評セクションでは5本の書評を掲載した。

三須拓也著『コンゴ動乱と国際連合の危機―米国と国連の協働介入史、1960~1963年』については、国連平和維持活動に関して数多くの業績がある石塚会員が、本書の全体像を過不足なく紹介しつつ、ハマショールド第2代国連事務総長に関する著者の分析に焦点を当てた論評を行っている。

つぎに、エミリー・パドン・ローズ著『平和維持においていずれかの側に立つということ―公正性と国際連合の将来』は、冷戦終焉後の平和維持活動が直面する公正性(impartiality)をめぐる根本的な問題を浮き彫りにするものである。これについては、平和維持活動を中心に多数の研究を公表している大泉会員が、PKOの公正な対応が一筋縄ではいかないことを強調する著者の議論を丁寧に跡づけるとともに、本書のユニークな視点と方法を迫力ある筆致で描き出している。

コフィ・アナン/ネイダー・ムザヴィザドゥ著(白戸純訳)『介入のとき―コフィ・アナン回顧録』は、1990年代後半から2000年代前半にかけて国連の活動に様々な影響を及ぼしたアナン前国連事務総長の回顧録の翻訳書である。本書については、国連集団安全保障に関して多数の業績がある山田会員がコソボなどの人道的介入やイラク戦争に対するアナンの対応に焦点を当てて、本書の内容を丹念に紹介している。そこには、大国に翻弄されつつも、あるべき国連の実現に向けて腐心するアナンの苦悩が見て取れる。

東大作編著『人間の安全保障と平和構築』は、多様な経歴を有する12名の執筆者が人間の安全保障と平和構築に関する様々な側面を検討したものである。この問題に造詣の深い栗栖会員が、各章を簡潔に紹介したうえで、人間の安全保障と平和構築の関係に焦点を当てて同書の意義と課題を具体的に論じている。

最後に、米川正子著『あやつられる難民―政府、国連、NGOのはざまで』は、UNHCRでの実務経験のある著者がこれまでの国際社会の難民問題の取り組みを正面から批判するものであるが、難民研究を専門とする墓田会員は、各章の内容を丁寧に紹介したうえで、本書の意義と問題点について鋭い指摘を行っている。そこでの指摘は、難民問題を解決するために理想と現実の折り合いをいかにつけるべきかについて、大いに考えさせられるものがある。これは、本号の特集テーマに関わる書評としても位置付けられる。

本号は以上に加え、日本国際連合学会が組織として会員となっている国連システム学術評議会(ACUNS)の参加報告が玉井会員より、および日中韓の国連学会合同の東アジア国連システム・セミナー報告がホスト国として尽力された高橋渉外主任により、それぞれ寄稿されている。

国際社会も、また、国家も、あらゆる共同体も、大規模な人の移動を大前提とし、正面から対処する時代にあるという事実を、本号は、数字も織り交ぜさまざまな形で語っている。また、本号は越境する人々のおかれた背景、移動の理由は極めて多様であることも語っている。単独あるいは複数の国家につながりをもち他国にいる人、あるいはどこの国にも所属のないという人、正規移動も非正規移動もある。(さらに移動をできないという人々もある。)移動の文脈で子どもを語ればまた異なる様相とニーズがある。そして、それらの多種多様な人々が国籍を持つ国民には限られず所属する社会の構成員であり、国際社会に存在している。

2018年は、世界人権宣言も70年を迎える。宣言の起草メンバーであったカナダの法学者ジョン・ハンフリー(John P. Humphrey)は、宣言草案を提出した一人だが、宣言前文に盛り込む内容の項目に、「権利のみならず、その属する社会の中で責任を負う」をリストしていた。さらに、「人は自らの国家の市民であり、世界の市民でもある」ともしていた。70年たち、越境する人々と社会とのつながり、国家との関係、国際社会との関係が具体的に問われている。

人は移動した先の社会において様々な制約を受けつつもいかに所属やつながりをもち、責任をもつのか、また受け手の国家や社会の機関や人間はどのような責任や役割があるのか。難民キャンプという社会と切り離された場所で長期間生きる人々は、社会とつながることをどのように可能にしていけるのか。国家の国際的義務も、一国が単独で義務を遂行しても解決しない。移動する人々がかかわりを持つすべての国々が、国籍としてのつながりなしに、所属を受け入れ必要な対応をすることができるか。

国家と人の移動の間にある本来的な緊張関係を考えれば、また、国家とつながりえない人々が国際社会に存在する限りは、国連システムが代弁者となり、この課題の包括的なビジョンを示し、イニシアティブをとる立場にある。2本のグローバルコンパクトは、変動を続ける人の移動について、国連システムが将来も役割を担うことができるかどうかの試金石になる。

本号の諸論文が人の移動の重要課題を可視化し、国連システムの役割のみならず、私たちも新しい思考法、アプローチを見出す契機となることを願っている。

2018年5月11日

編集委員会

滝澤美佐子、上野友也、本多美樹、富田麻理、瀬岡 直(執筆順)

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