北東アジア学創成シリーズ 3 現代中国の省察: 「百姓」社会の視点から

李暁東

現代中国を歴史的な視点から原理的・構造的に問い返し、中国における基層社会の百姓をはじめとする民の「自治」に応えるための「法治」。この「自治」「法治」の多元的取り組みを追究する。(2018.8.1)

定価 (本体4,600円 + 税)

ISBN978-4-87791-290-1 C3031 389頁

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目次

著者紹介

李暁東(り・ぎょうとう)

1967年中国福建省生まれ。1992年北京日本学研究センター修士課程修了(文学修士)、1999年成蹊大学大学院法学政治学研究科博士後期課程修了(政治学博士)。2005年島根県立大学総合政策学部・大学院北東アジア開発研究科准教授をへて、現在、同教授。同北東アジア地域研究センターセンター長。

著書に『近代中国の立憲構想―厳復・楊度・梁啓超と明治啓蒙思想』(法政大学出版局、2005年)、『東亜的民本思想與近代化―以梁啓超的国会観為中心』(台湾中央研究院東北亜区域研究、2001年)、『転形期における中国と日本――その苦悩と展望』(共編、国際書院、2012年)、『中国式発展の独自性と普遍性―「中国模式」の提起をめぐって―』(共編著、国際書院、2016年)など。

まえがき

プロローグ「大禹治水」と「通」

「大禹治水」の伝説は中国でよく知られている話である。禹は儒教における「三代」の聖人の一人である。禹の最大功績は治水だった。「大禹治水」に関する伝説として、たとえば、『山海経・海内経』の中で、「洪水滔天、鯀窃帝之息壌以堙洪水」と記されているように、禹の父親である鯀が滔天の洪水を治めるために、「息壌」――絶えず自己増長して水の勢いを止めることのできる土壌――をもって洪水を堙ごうとしたが、結局、それに失敗した。鯀が死んだあと、禹は父親の事業を受け継いで治水事業にあたった。禹は洪水を塞ぐというやり方の代わりにそれを疎通するという方法を取った。「決九川距四海」(『尚書・益稷』)、つまり、禹は川を疎通して(「決」)洪水を海に流して、最終的に治水事業に成功したのである。

禹による治水は『孟子』の中でも述べられている。

「(堯の命を受けて)禹は九つの河の川筋を通じ(「疏」)、済・の河の水を海に流し込みこれを治め、汝・漢の河の水路を切り開き、淮・泗の河を浚ってその水を揚子江に流し込んだ。このようにして中国の地は安心して生活できるようになったのである」(『孟子・滕文公上』)。

「天下に生民があってから久しいが、その間、治まったり乱れたりしている。堯の時に、(洪水で)水が逆行して中国に氾濫し、蛇や竜がはびこり、民は安住するところがなくなった。(中略)堯は禹に命じて洪水を治めさせた。禹は土地を掘りさげて水を海に流し込み、蛇や竜を草沢に追いやった。水は掘り下げた低いところを流れるようになった。こうしてできたのが、揚子江・淮水・黄河・漢水などの川である。険阻が遠ざかり、人を害する鳥獣が除かれて、そこで初めて民は平地に住めるようになったのである(『孟子・滕文公下』)*1

ここでは、治水方法として、鯀による「堙」と禹による「疏」・「決」、わかりやすく言い換えれば、「塞」と「通」とが鮮明な対照をなしており、「塞」によってもたらした失敗と「通」による成功とが語られている。そして、治水における「一治一乱」はそのまま天下の治乱をも意味したものだった。

さらに、「塞」と「通」とは、『易』において、「否」と「泰」として表現されており、両者は『易』において対をなす卦である。すなわち、「泰」とは、「天地交はりて万物通ずるなり。上下交はりて其の志同じきなり」(『易・彖伝』)。一方の「否」とは、「天地交はらずして万物通ぜざるなり。上下交はらずして天下邦无きなり」(同上)。

ここでは、「塞」と「通」とは、「天・地」の間のみならず、人間社会における「上・下」の間にも適用されている。「上・下」が通じて交われば、志を同じくすることができ、逆に、「上・下」が通じず、交わっていなければ、国が乱れることになる。

「大禹治水」の伝説における「塞・通」の寓意は、いわば、政治社会にも通ずるものである。

〈注〉

*1: 原文: 「禹疏九河、済而注諸海、決汝漢、排淮泗而注之江、然後中国可得而食也」。「天下之生久矣、一治一乱、当堯之時、水逆行、氾濫於中国、蛇竜居之、民無所定、(中略)使禹治之、禹掘地而注之海、駆竜蛇而放之、水由地中行、江・淮・河・漢是也、険阻既遠、鳥獣之害人者消、然後人得平土而居之」。

索引

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