法文化(歴史・比較・情報)叢書 19 法の手引書/マニュアルの法文化

松園潤一朗 編
書影『法の手引書/マニュアルの法文化』

「法の手引書/マニュアル」は裁判実務や訴訟、教育での利用をはじめ歴史的、文化的に多様な形式を持つ。現代では政策遂行上の機能やメディアの言説の立法への作用などが本書によって示された。今後の議論の発展が望まれる。(2022.3.31)

定価 (本体3,600円 + 税)

ISBN978-4-87791-314-4 C3032 297頁

目次

    • 序 法の手引書/マニュアルの法文化松園潤一朗
  • 第I部 歴史的な諸形式 ―日本・西洋―
    • 第1章 室町幕府の裁判における法と手引書松園潤一朗
    • 第2章 近世日本における訴状を教材とする読み書き学習 ―「玉野目安状」を事例として―八鍬友広
    • 第3章 明治初年における伺のなかの西洋法 ―諸県伺を中心に―山口亮介
    • 第4章 ビザンツ帝国における「法の手引」の変遷 ―8世紀から9世紀にかけて―渡辺理仁
    • 第5章 手引書としての訴訟法書川島翔
    • 第6章 民事訴訟手引書の系譜 ―中世後期ヨーロッパから近代日本へ―水野浩二
  • 第II部 現代における諸機能
    • 第7章 中国における法とマニュアル ―司法のあり方をめぐって―但見亮
    • 第8章 学校教育における国際人道法普及 ―『人道法の探究(EHL)』を題材に―川上愛
    • 第9章 法教育における手引書/マニュアルの意義岩元惠
    • 第10章 法案の作成とメディア言説 ―近時日本の刑事法改正をめぐる比較分析―郭薇
    • 編者・執筆者
    • 索引

著者紹介

編者・執筆者一覧(掲載順、*は編者)

松園潤一朗(まつぞの・じゅんいちろう) *
1979年生まれ。一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。
一橋大学大学院法学研究科教授。日本法制史。
主な業績:『法と国制の比較史―西欧・東アジア・日本―』(水林彪・青木人志との共編著)日本評論社、2018年、『室町・戦国時代の法の世界』(編著)吉川弘文館、2021年、「室町幕府の安堵と施行―『当知行』の効力をめぐって―」『法制史研究』61号、2012年。
現在の関心:日本中世の土地法・訴訟制度、日本の法と裁判の歴史的特質。
八鍬友広(やくわ・ともひろ)
1960年生まれ。東北大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学、博士(教育学)。
東北大学大学院教育学研究科教授。日本教育史。
主な業績:『闘いを記憶する百姓たち―江戸時代の裁判学習帳―』吉川弘文館、2017年、「民衆教育における明治維新」『講座明治維新 第10巻 明治維新と思想・社会』有志舎、2016年、『識字と学びの社会史―日本におけるリテラシーの諸相―』(大戸安弘との共編著)思文閣出版、2014年。
現在の関心:往来物の歴史、近世・近代日本におけるリテラシー。
山口亮介(やまぐち・りょうすけ)
1982年生まれ。九州大学大学院法学府博士後期課程単位取得退学。
中央大学法学部准教授。日本法制史。
主な業績:「天保・弘化期のオランダ法典翻訳におけるburger関連語の訳出―『和蘭律書』「断罪篇」を中心に―」額定其労・佐々木健・髙田久美・丸本由美子編『身分と経済―法制史学会70周年記念若手論文集―』慈学社、2019年、「19世紀日本におけるオランダ法情報を通じた西欧法認識の一断面―『和蘭字彙』及び『和蘭政典』第五篇を中心として―」『法政研究』81巻3号、2014年、「明治初期における「司法」の形成に関する一考察―江藤新平の司法台構想とその典拠にみる議論の諸契機―」『法制史研究』59号、2010年。
現在の関心:19世紀日本における西洋法概念の認識と受容。
渡辺理仁(わたなべ・りひと)
1994年生まれ。一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、修士(法学)。
一橋大学大学院法学研究科博士後期課程。西洋法制史。
主な業績:「「再発見」以前のローマ法」『一橋法学』20巻2号、2021年、「『ノモカノン』検討序説」『一橋法学』20巻3号、2021年。
現在の関心:キリスト教化以降のローマ婚姻法、東方教会法。
川島翔(かわしま・しょう)
1988年生まれ。一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。
九州大学大学院法学研究院准教授。西洋法制史。
主な業績:「Ordo iudiciarius antequam邦訳」『ローマ法雑誌』2号、2021年、「13世紀教会裁判所における紛争解決」松本尚子編『法を使う/紛争文化』国際書院、2019年、「中世カノン法の欠席手続―『グラティアヌス教令集』C.3 q.9を素材として―」『一橋法学』16巻3号、2017年。
現在の関心:教会裁判所実務、民事執行手続。
水野浩二(みずの・こうじ)
1973年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。
北海道大学大学院法学研究科教授。西洋法制史。
主な業績:Das officium iudicis und die Parteien im römisch-kanonischen Prozess des Mittelalters. in: Zeitschrift der Savigny-Stiftung für Rechtsgeschichte. Kanonistische Abteilung 97 (2011)、『葛藤する法廷 ハイカラ民事訴訟と近代日本』(有斐閣、2022年刊行予定)。
現在の関心:民事訴訟法史、私法における学説と実務の関係。
但見亮(たじみ・まこと)
1969年生まれ。早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。
一橋大学大学院法学研究科教授。中国法。
主な業績:『中国夢の法治―その来し方行く末―』成文堂、2019年、『中国の法と社会と歴史』(編著)成文堂、2017年、『要説 中国法』(共著)東京大学出版会、2017年。
現在の関心:中国の「新時代」における「法治」のあり方。
川上愛(かわかみ・あい)
1990年生まれ。一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、修士(法学)。カトリック・ルーヴェン大学修士課程修了、修士(ヨーロッパ研究)。
一橋大学大学院法学研究科博士後期課程。国際人道法、国際人権法。
現在の関心:jus post bellum、戦時から平時への回復。
岩元惠(いわもと・めぐみ)
一橋大学大学院法学研究科法務専攻修了、法務博士。
弁護士、一橋大学大学院法学研究科博士後期課程。憲法。
主な業績:「児童虐待についての権利論からの検討」憲法理論研究会編『憲法の可能性(憲法理論叢書27)』敬文堂、2019年、『教職のための憲法』(共著)ミネルヴァ書房、2020年。
現在の関心:子、親、国の関係について憲法の視点からの検討。
郭薇(かく・び/Guo, Wei.)
北海道大学大学院法学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。
静岡大学情報学部情報社会学科准教授。法社会学・法情報学。
主な業績:『法・情報・公共空間―近代日本における法情報の構築と変容―』日本評論社、2017年、「専門家による情報発信と言論『規制』―日本の弁護士懲戒処分(2000年~2017年)を素材として―」『情報法制研究』8号、2020年、「法情報の伝播と『社会』―2000年-2018年中国の学術文献を対象とする川島武宜著作の引用分析―」『法社会学』88号、2022年。
現在の関心:法情報の社会的機能、立法過程における法律家の役割。

まえがき

叢書刊行にあたって

法文化学会理事長 真田芳憲

世紀末の現在から20世紀紀全体を振り返ってみますと、世界が大きく変わりつつある、という印象を強く受けます。20世紀は、自律的で自己完結的な国家、主権を絶対視する西欧的国民国家主導の時代でした。列強は、それぞれ政治、経済の分野で勢力を競い合い、結局、自らの生存をかけて二度にわたる大規模な戦争をおこしました。法もまた、当然のように、それぞれの国で完全に完結した体系とみなされました。学問的にもそれを自明とする解釈学が主流で、法を歴史的、文化的に理解しようとする試みですら、その完結した体系に連なる、一国の法や法文化の歴史に限定されがちでした。

しかし、21世紀をむかえるいま、国民国家は国際社会という枠組みに強く拘束され、諸国家は協調と相互依存への道を歩んでいます。経済や政治のグローバル化とEUの成立は、その動きをさらに強めているようです。しかも、その一方で、ベルリンの壁とソ連の崩壊は、資本主義と社会主義という冷戦構造を解体し、その対立のなかで抑えこまれていた、民族紛争や宗教的対立を顕在化させることになりました。国家はもはや、民族と信仰の上にたって、内部対立を越える高い価値を体現するものではなくなりました。少なくとも、なくなりつつあります。むしろ、民族や信仰が国家の枠を越えた広いつながりをもち、文化や文明という概念に大きな意味を与え始めています。その動きを強く意識して、「文明の衝突」への危惧の念が語られたのもつい最近のことです。

いま、19・20世紀型国民国家の完結性と普遍性への信仰は大きく揺るぎ、その信仰と固く結びっいた西欧中心主義的な歴史観は反省を迫られています。すべてが国民国家に流れ込むという立場、すべてを国民国家から理解するというこれまでの思考形態では、この現代と未来を捉えることはもはや不可能ではないでしょうか。21世紀を前にして、私たちは、政治的な国家という単位や枠組みでは捉え切れない、民族と宗教、文明と文化、地域と世界、そしてそれらの法・文化・経済的な交流と対立に視座を据えた研究に向かわなければなりません。

このことが、法システムとその認識形態である法観念に関しても適合することはいうまでもありません。国民国家的法システムと法観念を歴史的にも地域的にも相対化し、過去と現在と未来、欧米とアジアと日本、イスラム世界やアフリカなどの非欧米地域の法とそのあり方、諸地域や諸文化、諸文明の法と法観念の対立と交流を総合的に考察することは、21世紀の研究にとって不可欠の課題と思われます。この作業は、対象の広がりからみても、非常に大掛かりなものとならざるをえません。一人一人の研究者が個別的に試みるだけではとうてい十分ではないでしょう。問題関心を共有する人々が集い、多角的に議論、検討し、その成果を発表することが必要です。いま求められているのは、そのための場なのです。

そのような思いから、法を国家的実定法の狭い枠にとどめず、法文化という、地域や集団の歴史的過去や文化構造を含み込む概念を基軸とした研究交流の場として設立されたのが、法文化学会です。

私たちが目指している法文化研究の基礎視角は、一言でいえば、「法のクロノトポス(時空)」的研究です。それは、各時代・各地域の時空に視点を据えて、法文化の時間的、空間的個性に注目するものです。この時空的研究は、歴史的かつ比較的に行われますが、言葉や態度の表現や意味、交流や通信という情報的視点からのアプローチも重視します。また、この研究は、未来に開かれた現代という時空において展開される、たとえば環境問題や企業法務などの実務的分野が直面している先端的な法文化現象も考察と議論の対象とします。この意味において、法文化学会は、学術的であると同時に実務にとっても有益な、法文化の総合的研究を目的とします。

法文化学会は、この「法文化の総合的研究」の成果を、叢書『法文化―歴史・比較・情報』によって発信することにしました。これは、学会誌ですが学術雑誌ではなく、あくまで特定のテーマを主題とする研究書です。学会の共通テーマに関する成果を叢書のなかの一冊として発表していく、というのが本叢書の趣旨です。編者もまた、そのテーマごとに最もそれにふさわしい研究者に委ねることにしました。テーマは学会員から公募します。私たちは、このような形をとることによって、本叢書が21世紀の幕開けにふさわしいものになることを願い、かつ確信しております。

最後に、非常に厳しい出版事情のもとにありながら、このような企画に全面的に協力してくださることになった国際書院社長の石井彰氏にお礼を申し上げます。

1999年9月14日

法の手引書/マニュアルの法文化

松園潤一朗

1 本書の視点と課題

人々はいかに法を受容し、法実務はいかなる文献に依拠して行われてきたのか。法学の議論は一般に法令・判例・学説の分析が中心を占めるが、人々に法知識を伝える各種メディア(媒体)や、それらが人々の意識や訴訟行動、実務(及び立法・判例・学説)に与える影響の検討も法学上の重要な論点となる。

本書に言う「法の手引書/マニュアル」とは、実務家や一般人を対象とした、法に関する書物や各種の文献・資料等を指す。歴史的、文化的に多様な形式をもって存在してきた「法の手引書/マニュアル」の歴史と現在、さらに比較を論じるのが本書の主題である。

この「序」では、本書の視点と課題や、本書の構成と各章の概要を述べ、歴史的、文化的比較のための若干の論点整理を行う。

はじめに「法の手引書/マニュアル」について具体例を挙げると、例えば、12・13世紀にヨーロッパ各地で私人によって執筆、編纂された法記録である、『ザクセンシュピーゲル』等の「法書」や、15・16世紀のドイツで実務家らによって書かれた『クラークシュピーゲル』等の「シュピーゲル(鑑)」と称される文献群がある。これらは、ローマ・カノン法や地域慣習法をはじめ法源やその解釈の多様性という状況のもと、実務家のための手引書として作成され、普及した。近代法典の成立後も実務家や一般人を対象とする手引書・マニュアルが実務や教育の場で用いられてきた。

実務家・一般向けの法文献は日本法史上にも見られる。江戸時代を例にとると、特に民事法の領域に関して、民間では公事宿等が作成した訴訟書類の雛形が名主庄屋等に流通・普及しており、契約や、離婚等の身分行為の際の書式や文例を記載した書式文例集や用文章が多数出版されていた。

現代においても多くの実務や訴訟の手引書・マニュアルが刊行されており、日本の図書分類法である日本十進分類法(NDC)による分類番号には、「社会科学」、「法律」、「司法・訴訟手続法」の下位区分に「書式集」があり(分類番号=327.03)、特定の法令に関する書式集は関係法の下に収められている。さらに、法学教育・法教育の教科書・テキスト、外国語の法律文献の実務家・一般向けの翻訳書等も人々に法知識を伝達する媒体として法の手引書の性質を有する。これらは法の普及、継受等の際に重要な役割を果たしてきた。

法曹をはじめとする法律専門家に代表される、法の担い手としての“ヒト"に対して、本書では上記のような“モノ"としての「法の手引書/マニュアル」に焦点を当てる。

フランスの社会史研究等が強調するように、人々の読書は単に受動的な行為ではなく、新たに意味や表象を生み出す行為でもあった*1。様々な書物・文献の検討を通じて法の伝達と受容(あるいは法への反作用)の様相が明らかになると思われる。

「法の手引書/マニュアル」は共通の性質を有する一方で、当然ながら相違もある。メディアの発達(筆写、印刷、新聞、テレビ、インターネット等)にも条件づけられながら、時代・地域ごとに多様なあり方を示すことになる。それらの相互比較は「法文化」の認識に資するであろう。

2 本書の構成と各章の概要

2019年10月26日に法文化学会第22回研究大会が一橋大学国立キャンパス佐野書院で行われた。本書はその大会テーマである「法の手引書/マニュアルの法文化」についての論文集である。大会の「趣旨説明」をもとにした序と小稿の他、当日のテーマ報告者(渡辺理仁氏、但見亮氏、郭薇氏、水野浩二氏。登壇順)と、歴史・地域の多様性を念頭にして、関連する分野の研究者から寄稿された論考を収録したものである。

全体は2部10章にて構成される。以下、各章の概要を記したい。

第I部「歴史的な諸形式―日本・西洋―」は、「法の手引書/マニュアル」の日本と西洋における歴史的な諸形式を論じる6篇から構成される。伝統日本における形式・機能と明治初年の西洋法の継受が論じられた後、西洋における各種の文献、そして西洋法における手引書が近代日本に継受される過程が示される。

第1章の松園潤一朗(日本法制史。以下、同様に専門分野を付記する)「室町幕府の裁判における法と手引書」は、室町幕府の裁判において実務を担う世襲の職能集団であった奉行人たちが参照していた法や手引書、各種の文献・資料について検討する。法源として法令・判例(裁判例)・慣習法・裁判実務慣行等がみられ、法令集や判決記録、法律書、文例集等の多様な文献・資料を参照して実務が行われていた。法令集の中には部局ごとに必要な法令を抜粋したものや、鎌倉幕府法の収集と類別化等を施したものがあり、これらは実務の手引書としての性格を持つ。

部局ごとの公的な記録として判決記録や奉行衆の答申書である意見状の内容が書き残され、実務上重要な証文の文書鑑定を行うために奉行人の補任の記録等も保管された。訴訟の際に人々が参照した手引書・マニュアルは不明な点が多いが、往来物に幕府制度の記述が見られ、領主や村落のもとに幕府での裁判の過程や担当者を記した訴訟記録が残されたことから、これらは証文等を提示して裁判を通じて紛争を解決すべきことを記し置く、紛争解決のための手引としての意義を認めうると指摘する。

第2章の八鍬友広(日本教育史)「近世日本における訴状を教材とする読み書き学習―『玉野目安状』を事例として―」は、往来物の一種である「玉野目安状」の考察である。往来物は近世以前の日本で使用されてきた読み書き教材の総称で、百姓一揆や争論において作成された訴状を使用したものが「目安往来物」と呼ばれている。文字学習教材、訴状範例、歴史教材という3つの側面が混ざり合って学習されたこと、内容は主として17世紀の事件に関わるもので、自力救済から裁判による解決という中世から近世への社会的転換の中で生み出されたことが述べられ、これまで確認された10例の概略が示される。

そのうちの9種類の目安往来物の起点をなす白岩目安は陸奥国のうち現在の福島県内にも広範囲に流布し、それを模倣したとみられる白峯銀山目安も普及していた。同国での流通が新たに発見された「玉野目安状」は同国玉野・霊山地域をめぐる上杉氏領百姓と相馬領百姓との山論において、1646(正保3)年11月に相馬側から幕府評定所に提出された訴状の写しである。争論の経過や、「玉野目安状」の全文が示され、体裁の検証等から新たに発見された目安往来物であることが明らかにされる。

第3章の山口亮介(日本法制史)「明治初年における伺のなかの西洋法―諸県伺を中心に―」は、明治初年の裁判実務で参照された西洋法のテキストを考察する。府県裁判所の判事や裁判所未設置県の地方官らからは解釈上の疑義等が伺という形で司法省に問われ、司法省は指令という形で回答を行っていた。この諸県伺の内容が具体的に検討される。

刑事法に関して1871(明治4)年10月の鹿児島県伺が「偽造宝貨律」の改正を主張する際に「英国律」や1870(明治3)年6月刊行の箕作麟祥訳『仏蘭西法律書』の「刑法」を引用したことが示される。また、身代限の処理に関してフランス私法上の「フリウィレーシ」(privilège)の概念(先取特権)を援用した事例として、1873年10月2日の新治裁判所伺と1874年10月23日の三重県伺を取り上げ、前者について三島中洲の在勤との関係、後者について近世以来の「家」のイデオロギーの読み込みと同時に『仏蘭西法律書』の「商法」「民法」の条文の引用が指摘される。箕作訳『仏蘭西法律書』が刊行後すぐに司法省官員や府県裁判所判事に加え、地方官にも実務上で参照されていたことが明らかにされる。

第4章の渡辺理仁(西洋法制史)「ビザンツ帝国における『法の手引』の変遷―8世紀から9世紀にかけて―」は、ビザンツ帝国における法の手引書の類型と8・9世紀における変遷を論じる。ガイウスの『法学提要』と同様に法源と手引書の性質を兼ね備えた著作として、741年に編纂された『抜粋集(Ἐκλογὴτῶννόμῶν)』と、880-883年に完成した『法学入門(Ἐπαναγωγή/Εἰσαγωγὴτοῦνόμου)』が取り上げられ、両書の概要と章立て・前文、婚姻法を中心に法文の内容の検討がなされる。

両書は「市民法大全」の規定を前提として帝国における法を明確に記し、簡便に扱えるようにするとの編纂意図のもと、章立てや内容は概ね一致し、全体の構成や記述手法において法典の形式を持つ点も共通する。が、前文に示されるように、前者は実務担当者向けのマニュアルとしての要素が強く、後者は「バシリカ」の教本として現行法制度を解説する法学教科書や入門書としての志向が認められるとして、ともに法源としての性質を持ちながら、手引書としての性格に相違のあることが示される。

第5章の川島翔(西洋法制史)「手引書としての訴訟法書」は西洋中世の訴訟法書を論じる。ローマ・カノン法源の釈義を中心とした法学・法学教育に対し、裁判実務との強い関わりのもと訴訟法書が多数執筆された。「手引書」のメルクマールとして簡略性と実務性を挙げ、その性格を非常に強く有するドイツのシュパイヤーで成立したOrdo iudiciarius antequamと呼ばれる訴訟法書を対象として取り上げる。同書はタンクレードゥスの訴訟法書(1216年頃)を基にフランスで著され、1260年頃にシュパイヤーで裁判実務のために改訂された。

簡略性について、タンクレードゥスの構成を保ちながらの記述の簡略化、法源・学説の参照の省略、初学者向けの概念の定義や暗唱句の挿入という特徴を指摘し、実務性について、雛形文の集録、地域の裁判慣行の規定の存在が明らかにされる。共通法と地域固有法の対立の中で、訴訟法書がローマ・カノン法の伝達と、地域固有法もふまえた裁判実務での使用という法学と実務が結び付く形で形成されたことが示される。

第6章の水野浩二(西洋法制史)「民事訴訟手引書の系譜―中世後期ヨーロッパから近代日本へ―」は、「法学を基盤とした法」としてのヨーロッパ大陸法(主にドイツ法)における手引書と近代日本における継受を論じる。手引書は「比較的簡易な説明や、ある程度定型化されたテクニックの紹介に重点を置く文献」と定義され、「制度・学説の高度・詳細な叙述を中心とする」理論的文献と対比される。12-15世紀における中世ローマ・カノン法学文献には理論的文献と手引書が含まれ、前者に比べ後者は時代の変化に合わせて構成や内容を柔軟に変化させていた。学職法と地域固有法の融合が進む中、手引書は実務法曹に大きな影響を与えたが、19世紀初めにかけて法学が「権利についての体系的学問」へと精錬される過程で法学の関心から大方抜け落ちたという。日本でも明治民事訴訟法期(1891-1929年)にドイツの影響のもと手引書が成立し、それは、民訴法のコンメンタール、手続の手引、書式集、素人向け手引に分類しうる。但しその叙述は必ずしも実務の実態を反映したものではなく、ドイツと法伝統の異なる日本では手引書の構成・内容・使い方に相違が生じたことが指摘される。

そして、法史学の研究対象として、学職法の普及のメディアの役割をはじめとした手引書の意義を挙げ、実務との関係、ことばの問題、「法学の簡易化」の評価、個々の著作の構成・内容の解明という、今後手引書を論じる上で指針となる論点が提示される。

第II部「現代における諸機能」は、現代における「法の手引書/マニュアル」の多様な存在形式と機能を論じる4篇から構成される。「新中国」における法とマニュアル、国際人道法の普及、日本の法教育という側面から教育・教化の手段としての手引書・マニュアルが取り上げられ、さらに現代日本の立法に影響を与えるメディアの分析がなされる。

第7章の但見亮(中国法)「中国における法とマニュアル―司法のあり方をめぐって―」は、「新中国」の法とマニュアルを考察する。法律上の制定権者による法規等を「法」の位置に置き、それに対して「指導的・解説的に働く文書等」を広く「マニュアル」ととらえ、その関係の推移を司法に焦点を当てて明らかにする。まず、毛沢東期について、「旧法」の否定と「司法改革運動」、「人民司法」の確立過程で、「最高指示」のもと、マニュアル的な指示が階層的に構成され、それが絶対の基準(「法」)として機能する、「マニュアルの法化」の時代と特徴づける。次いで、文化大革命後の改革・開放期について、「最高指示」等に直結するマニュアルの位置は引き下げられたものの、「法制」よりも先にマニュアル的に「指導」を行う共産党が存在しており、法の上にあるマニュアルの存在が指摘される。

1997年の共産党大会で「依法治国」が打ち出されて以降、詳細に規定された法規に基準が定められることでマニュアルの必要性は低下し、憲法の枠組みの下での「憲政法理」の確立が試みられた。習近平指導部下での「新時代」には、「習近平法治思想」という新たな「法理」のもと、党の指導者・党組織の名を冠する各種文書の大量化や、司法の「忠誠」の状況が顕著となる。さらにマニュアルの「自動化」と言うべき、Big DataそしてAIと結合した「智慧法院」等のシステムの展開が指摘される。共産党や指導者が「最高」とするものは絶対で、法はそのための手段にすぎない「新中国」におけるマニュアルの意義が明らかにされる。

第8章の川上愛(国際法)「学校教育における国際人道法普及―『人道法の探究(EHL)』を題材に―」は、国際人道法の普及プログラム「人道法の探究(Exploring Humanitarian Law: EHL)」を取り上げる。EHLはオリジナルの英語版を翻訳、または独自の工夫を加える形で作成され、70ヶ国で実施された。国際人道法普及努力義務について、1880年のオックスフォード陸戦法規前文での規定以降、自国住民をはじめ諸条約における普及義務の対象が時代を経て拡大し、普及方法も具体的に例示されてきた。そして赤十字国際委員会(ICRC)及び各国赤十字社の取り組みの中で性格を変化させてきたという。

EHLは2002年にICRCが米国非営利団体EDCと共同開発した青少年向けの国際人道法教育のツールである。モジュール通りに進めていけば基本原則の習得ができるように構成されており、各国・地域の背景に合わせて多様化している。日本ではEHLに省庁等の関与はなく、日本赤十字社と篤志の学校教員によって研修や教材開発がなされた。日本での実施例の特徴が示され、各国市民への国際人道法の普及における意義が述べられる。

第9章の岩元惠(憲法)「法教育における手引書/マニュアルの意義」は、弁護士としての法教育活動の経験もふまえて法教育における書籍等を考察する。法教育の諸定義の共通点を、(1)法律専門家ではない人を対象とすること、(2)法や司法制度の基礎にある考え方を理解してもらうこと、(3)法的なものの考え方や見方を用いることができるようになること、に見出し、主権者教育での教材等も含めて検討がなされる。これまでの法教育の実践について、実践の主体や場所が手引書・マニュアルの存在形式等に影響を与えていることを指摘し、新たな法教育の実践として高等学校における新科目「公共」等に注目する。

手引書・マニュアルの事例は、「『法教育』を実施する人を対象とする書籍」と「法教育を受ける人を直接に対象とする書籍」に分類され、前者は法教育に取り組みやすくすることを目的とした教材集や、授業実施者を対象に法教育の理解を促す内容の書籍、後者は法教育の実践を書籍化したものや、子どもや高校生に向けて法律の理解を促す書籍等がそれぞれ含まれるという。法教育の様々な場面での手引書・マニュアルの形式・機能が論じられる。

第10章の郭薇(法社会学・法情報学)「法案の作成とメディア言説―近時日本の刑事法改正をめぐる比較分析―」は、「法の手引書」の1つとしてメディアというファクターを考察する。民主主義国家の立法過程では非法律家の法理解を含む言説の収集とその参照が不可欠として、公訴時効改正(2010年)と取り調べの可視化(2016年)を素材に、法制審議会におけるマスメディア報道およびメディア関係者の発言(「メディア言説」)が法形成に与えた影響が検討される。「書物の中の法(Law in books)」と「行動の中の法(Law in action)」という法社会学上の法の二分論において、専門用語による規則集や裁判例集、注釈書のような「法の手引書」は前者に関係し、法社会学の基本的な問いである後者について立法過程での「法の手引書」としてのメディア言説の分析の意義が示される。

分析は、(1)法制審議会におけるメディア言説の参照状況の確認と法案作成過程におけるメディア言説の位置づけ、(2)メディア言説が関係した論点と結果、(3)新聞を対象に報道の内容と特徴の検出、という順で行われる。公訴時効改正と取り調べの可視化の事例分析の結果、前者は法改正を支持する世論の動向や被害者(遺族)の意見の確認のためマスメディア報道が参照される「世論優先」の法改正、後者は「専門職優勢」の法改正と特徴づけられる。メディア言説の参照が「感情立法」を誘発したか否かについては、今後の事例検討の必要と「法の象徴的機能論」の再検討の意義が提示される。

3 「法の手引書/マニュアル」の歴史的、文化的比較へ

各章の内容をふまえて若干の論点整理を試みたい。

各章の執筆者名に付記したように、法制史、教育史、中国法、国際法、憲法、法社会学・法情報学、と執筆者の専攻は多様である。手引書とマニュアルのどちらの語を用いるかは対象の形式、用途等によって相違があるが、「法の手引書/マニュアル」としての性格を有する書物や文献・資料を歴史的、地域的に様々に見出すことが可能であることがわかる。

これらの相互比較からどのように有効な論点を設定できるであろうか。

研究大会当日には、テーマ報告の後に岩谷十郎氏と王雲海氏よりコメントがなされた。岩谷氏からは、法制史の観点から主に渡辺・水野両報告について、西洋において特徴的にみられる、原典(法)と解説書、法学(理論法学)と実務という二元論を法や手引書を受容する主体の視点から歴史的に位置づけていくことの重要性の指摘がなされた。次に、王氏からは現代法の観点から主に但見・郭両報告について、中国でのマニュアルが持つ政治的なイデオロギー性や、情報化の進む現代において特に法治主義を啓蒙する書物として法の手引書の有する重要性が示された。

コメントの論点に対して、中近世の西洋における、法源と手引書の両方の性格を兼ね、上記の二元論が成り立たない書物の存在や、中国における命令的なマニュアルと「法治」の関係、専門家のみに独占されない現代の法情報のあり方等をめぐって報告者の応答がなされた。全体討論では「法の手引書/マニュアル」について、作成される動機・効果としてコスト削減等の意義や、通時的あるいは超域的な道具概念としての定義の可能性等の論点をめぐって活発な議論がなされた。

以上をふまえ、「法の手引書/マニュアル」について歴史と現在双方の視点から各章の内容を関係づけて述べたい。

「原典と解説書、法学と実務」という二元論が明確に成り立つのは西洋法の特徴と思われ、解説書あるいは実務書としての性格を有する文献が多く見出される。例えば、ローマ法の教科書として法的効力も有したガイウスの『法学提要』や、冒頭でも挙げた「法書」*2等がある。ローマ・カノン法(法源)の存在を前提にして、その普及・受容を可能にしたのが「法の手引書/マニュアル」となろう。川島論文では、ローマ・カノン法の伝達と地域固有法の記述という意図のもと、法学と実務が結び付く形で、手引書としての性格を持つ訴訟法書が成立したことが示された。渡辺論文もビザンツ帝国においてローマ法が受容される媒体として法典と手引書の性格を併せ持つ文献の存在を指摘する。水野論文では訴訟法書や手引書、「実務向け文献」*3が法学や実務上に有した重要な意義が示される。法(学問)と実務(技能)の二元論の形成や法学の学問化の過程に手引書を歴史的に位置づけうるが、大陸法に対して個別的法実務の集積としての性格を有するコモンローとの比較等も論点となりうるように思われる*4

体系的法典である律令法を運用した帝政時代の中国においても類似の文献を見出しうる。但見亮氏は大会当日の報告の中で、マニュアルの歴史として、帝政中国期に公務を司る上での心得や具体的な業務執行の技術等を記した、地方官のマニュアルである「官箴」や訴訟当事者が文書作成を行う際の文例集である「訟師秘本」の幅広い流通、公的文書として、「礼」に則して「正しい」量刑を示す律例の機能や皇帝の教化文書での「礼」「徳」の強調を指摘した。他に、五代・宋代の案例故事集として、『疑獄集』や『折獄亀鑑』等の実務の参考書や、州県官向けに古来の裁判例を記した『棠陰比事』が知られ*5、実務向けの手引書としての性格を有する。滋賀秀三氏によると、帝政中国の裁判の民事的法源は「法(国法)」「情(人情)」「理(天理)」であり、慣習法は法源とされず、普遍主義の思想がその背景をなしていた*6。裁判実務とその手引書の内容の地域的な比較も興味深い。

一方、前近代の日本では、律令法の時代には体系的な法典が運用されるが、その機能不全に伴って平安時代には律令の条文を修正する内容を含んだ格式が制定される。が、帝政中国の律令格式とは異なり、現に有効な法を原則的に示すものではなく、「先例こそ法」という観念があったと言われる*7。中世武家法では小稿(第1章)で述べるように、法令や裁判例、裁判慣行・慣習法が明確な関係づけを与えられないままに法源としての機能を有し、裁判実務用の手引書や訴訟の手引とも言うべき記録が残された。

人々が自力救済ではなく、裁判によって紛争を解決する行動様式が一般化する近世には「法の手引書/マニュアル」に類する文献が増加する。八鍬論文の指摘のように、目安往来物が流通し、領主の恣意的な支配に対する抵抗と訴訟の記録が人々(読者)の政治に対する意識や訴訟行動に影響した*8。冒頭でも述べたように契約(金子借用、田地質入、為替等)や身分行為(養子、離縁等)の際に書式文例集が参考にされた。私法の実体法は十分に存在しないため、証書によって実体を構成する必要があり、書式の一定化や実務の積み重ねによって法律行為が定型化されていた*9

幕府への訴訟においても、奉行所に提出する書類の作成をはじめ訴訟人の訴訟行為を補佐する公事宿でマニュアルが作成された*10。訴状の冒頭には「乍恐奉捧御目安之事」等とあるように訴訟は法(権利)の実現を求めるよりも、権威ある存在に訴えて、個別的事情に応じた処理を求める行為であり*11、訴訟テクニックを記した記録も残されている*12

山口論文では、明治初年の裁判について、「伺―指令」という近世的な裁判の構造のもと、前代以来の「家」の観念等が影響しながらも、箕作麟祥訳『仏蘭西法律書』が府県の地方官や各裁判所の判事らの実務上のテキストとされていた事実が示される。1891(明治24)年の民事訴訟法の施行以後、水野論文が注目するように、西洋の「法学を基盤とした法」と手引書が継受された。ドイツからの手引書の受容と法伝統による日独の差異が示されるが、往来物の文例集を系譜に持つ明治時代の書式文例集と「実務向け文献」との関係性は今後の論点になると思われる。

また、近代日本の法の手引書については、訴訟法以外にも、例えば、戸主権と長男子単独相続制を法定し、実態との乖離が存在した「家」制度について法規や手続に関する手引書・マニュアルが確認でき*13、手引書は法の普及という観点からもより幅広い分析の素材たりうる。

以上のように、「法の手引書/マニュアル」は歴史上、多様に見出すことができる。全体的な比較は今後の課題となるが、体系的な法(法学)や拘束的な規範としての法の有無等、西洋・中国・日本の各時代の法の持つ性質の相違が手引書の形式にも影響すると考えられる。法の公開性や法源・解釈の多様性の有無等も関係すると思われるが、議論の指針として水野論文の指摘が示唆深い。

「法の手引書/マニュアル」の歴史を扱う第I部では特に裁判実務や訴訟における諸文献が示されたが、その現在を扱う第II部収録の諸論文では現代法の諸変化のもとでの多様な機能が明らかにされた。先述した王氏のコメントに言う「政治と情報化」が重要な視点となると思われる。

但見論文が指摘するように、「新中国」の「運動」型政策遂行における法とマニュアルは相互に関連性を持ちながら展開しており、状況に応じて常に流動的な性格を有する中国の「法治」*14の中で、「法」の上にも位置づけられ、人々の法的実践を方向づけるようなテキストとして「マニュアル」の重要な機能を認識することが可能である。「マニュアル」の自動化・浸透力については中国に限らない問題提起となろう。

川上論文では、国際社会において国際人道法の普及や教育の場で用いられているテキストとして「人道法の探究(EHL)」が議論され、岩元論文では主権者教育も含めた、法律専門家ではない一般の人々への法教育における諸文献とその分類が示された。法的主体としての市民に対する法や制度、その基礎にある理念・価値の教育・教化という契機が現代の国際社会や各国における「法の手引書/マニュアル」において重要性を持つことが窺える。

郭論文は、近時の刑事法改正におけるメディア言説の影響を明らかにする。郭氏は法実務や法学教育を支える情報群を主な対象としてきた従来の法情報学に対して、メディア報道やネット言説等、公共圏における法情報のあり方を議論しており*15、同じく法実務・教育の書物を主な対象としてきた「法の手引書」の研究についてもメディア言説をも対象とすることの意義が提起される。

「法の手引書/マニュアル」は歴史的には国家等が制定・運用する法を受容し、利用する手段としての性格が強いが、現代における非法律家の一般人やメディアの言説の国家の立法への作用が示された。つまり、単に国家からの一方的な教育・教化ではなく、双方向的な作用を見出すことが可能である。メディアの高度に発達した情報化社会にあって、手引書・マニュアルの新たな機能に焦点を当てる必要がある。

「法の手引書/マニュアル」は、歴史・現在の各法制のもとで固有の意義を有する。現代における諸形式について、規範的な情報として作用する「法伝統」*16の観点も意識し、歴史的な前提にも基づいた議論が求められよう。

研究大会と本書を通じて、これまで十分に研究がなされてこなかった本テーマについて新たに議論が深められ、「法の手引書/マニュアル」の多様な内容や形式が明らかにされた。

その性格・定義づけや、専門知としての法学が成立した西洋と他の地域の固有法との比較の方法等、課題は見出され、今後、歴史的にも地域的にもより幅広く検討を進めていくことが肝要であろう。本書の刊行を契機に議論の一層の発展を期待したい。

*1: ロジェ・シャルチエ、福井憲彦訳『読書の文化史―テクスト・書物・読解―』新曜社、1992年、等。テクストが読者の置かれた状態や社会関係によって様々に解釈し直されながら読解される過程に注目する。

*2: 法書の概要は、山内進「中世法の理念と現実」勝田有恒ほか編『概説西洋法制史』ミネルヴァ書房、2004年、H.ミッタイス、H.リーベリッヒ(世良晃志郎訳)『ドイツ法制史概説[改訂版]』創文社、1971年、413-422頁、等参照。

*3: 水野浩二「『実務向け文献』に見る明治民事訴訟法―審理の準備と審理過程をめぐって―」『北大法学論集』70巻3号、2019年。

*4: 法理論と法実務の関係や比較、基礎法学との関係等について、曽根威彦・楜澤能生編『法実務、法理論、基礎法学の再定位―法学研究者養成への示唆―』日本評論社、2009年、伊藤滋夫編『要件事実論と基礎法学』日本評論社、2010年、等参照。

*5: 島田正郎「疑獄集・折獄亀鑑・棠陰比事」滋賀秀三編『中国法制史―基本資料の研究―』東京大学出版会、1993年。

*6: 滋賀秀三『清代中国の法と裁判』創文社、1984年。

*7: 坂上康俊「古代の法と慣習」朝尾直弘ほか編『岩波講座日本通史3巻古代2』岩波書店、1994年。

*8: 八鍬友広『近世民衆の教育と政治参加』校倉書房、2001年、同「明治期の往来物に関する研究―書式文例集の展開―」『東北大学大学院教育学研究科研究年報』62巻1号、2013年、同「往来物と書式文例集―『文書社会』のためのツール―」若尾政希編『書籍文化とその基底』平凡社、2015年、等。

*9: 服藤弘司「債権法上における証書の機能」同『幕藩体制国家の法と権力4刑事法と民事法』創文社、1983年、初出1958-1960年。春原源太郎「江戸時代法と書式―書式の戯書―」『自由と正義』11巻2号、1960年、等も参照。

*10: 瀧川政次郎『公事師・公事宿の研究』赤坂書院、1984年。大坂の公事宿で編述されたと考えられる「秘下会」(1843-1851年に成立)は公事訴訟に用いられる、法律知識としての諸書類の雛形や心得を書き記したもので、大坂町奉行管内の名主庄屋に写し与えられていたという。

*11: 六本佳平『法社会学』有斐閣、1986年、第5章、同「日本人の法行動と基底的な規範観念」『イスラーム文明と日本文明―相互理解をめざして―』国際交流基金、1981年。

*12: 中田薫「徳川時代の民事裁判実録続篇」同『法制史論集3巻下債権法及雑著』岩波書店、1943年、初出1936年。1739(元文4)年の寺法出入を訴訟人龍珠山一峰院住持が記した記録を見ると、五山惣録済家触頭である金地院の役者中岩和尚は、法廷では相手方と奉行方に対して「公事不調法」の感を抱かしめることが勝訴の「方便」と述べたという。為政者は人民が訴訟手続に通暁し(「公事馴」)、健訟の風が助長されることを抑止しようとしたことがその背景にある点は前掲注10瀧川著書、465-466頁参照。

*13: 戸主権の成立について、石井良助「戸主権の成立」同『法制史論集6巻家と戸籍の歴史』創文社、1981年、初出1974年、多様な相続慣行について、中川善之助『相続法の諸問題』勁草書房、1949年、家族観・家族像の推移について、有地亨『近代日本の家族観明治篇』弘文堂、1977年、等。手引書・マニュアルとして、岩崎徂堂『実用法律戸主家族の顧問』戸取書店、1910年、等。

*14: 但見亮『中国夢の法治―その来し方行く末―』成文堂、2019年。

*15: 郭薇『法・情報・公共空間―近代日本における法情報の構築と変容―』日本評論社、2017年、同「法情報の『大衆化』とその課題―法情報学の射程をめぐる一試論―」『情報ネットワーク・ローレビュー』19巻、2020年、等。

*16: 近年の法伝統論として、H.Patrick Glenn, Legal Traditions of the World: Sustainable Diversity in Law, 5th ed. Oxford University Press, 2014.

索引

  • あ行
    • アエギディウス・デ・フスカラリィス139
    • アゾ 144
    • 暗唱句 16, 146, 147, 153, 157
    • 案例故事集 21
    • 家 15, 22, 25, 30, 47, 49, 65, 96, 98, 100
    • 維権 194, 195
    • 石井良助 25, 30, 31, 34, 37, 40, 47-49, 51-53
    • 石川謙 44, 57
    • 意思主義 125, 128
    • 一揆 14, 55, 57, 58
    • イデオロギー 15, 20, 96
    • ウィーン宣言及び行動計画 215, 217, 219
    • 伺事記録 30, 32-34, 38, 49-51, 53
    • 往来物(*目安往来物は別項) 13, 14, 22, 24, 43, 44, 48, 53-55, 57, 58, 60-65, 70, 76, 78, 81, 82, 164, 175
    • 岡村金太郎 57
  • か行
    • 階級闘争 184-186, 188, 204, 206
    • 会社法(*日本) 246
    • 嫁資証書 123, 128-130, 138
    • カノン法(カノン法学) 11, 15, 16, 20, 139, 140, 143, 144, 146, 158, 159, 161, 172
    • 慣習法(慣習) 11, 13, 21, 24, 31, 32, 34, 35, 46, 131, 144, 151
    • 感情立法 19, 262, 265, 277, 278
    • 関東弁護士会連合会 240, 253, 257
    • 偽造宝貨律(偽造宝貨物条) 14, 87, 88, 91, 101
    • 教育基本法 229, 253
    • 教会裁判所 141, 149, 153
    • 教科書 12, 15, 20, 107, 118, 134, 164-166, 244, 246, 250, 252, 261
    • 擬律 85, 86, 104, 105
    • クラークシュピーゲル 11
    • グラティアヌス教令集 144, 158
    • グレゴリウス9 世教皇令集 146
    • 軍事的必要性 221
    • 経済活動と法 246, 250, 255
    • 継受 12, 13, 16, 22, 153, 159, 163-166, 168, 170, 176, 179
    • 憲政(*中国) 17, 193, 195, 201, 206, 207
    • 原典と解説書 19, 20
    • 建武以来追加 32, 33, 50
    • 公共(*教科) 18, 246-248, 250, 255-257
    • 公教育 221, 224, 230, 235, 236
    • 公証人(公証術) 139, 160, 168, 177, 178
    • 公訴時効 18, 19, 259, 262-271, 275-278, 281, 282
    • 高等学校学習指導要領 247, 255, 256
    • 高等学校学習指導要領 (平成 30年告示)解説 公民編 250, 256
    • 行動の中の法(Law in action) 19, 260-262, 279
    • 国際人道法(jus in bello) 16-18, 23, 213-233
    • 故実(故実書、武家故実) 37, 39, 42, 47, 52
    • 古状 60
    • 御成敗式目(式目) 32, 34, 36, 40, 41, 43, 44, 52, 53
    • 戸籍法 96
    • 御前落居記録 32, 34, 38, 50
    • 御法 33-36
    • 固有法 16, 20, 24, 48, 158, 161, 163, 170
    • 婚姻締結 122-129
    • 婚姻前贈与 110, 114, 115, 122, 129, 130, 132
  • さ行
    • 裁判慣行 13, 16, 21, 34, 45, 144, 149, 150, 152, 153, 158
    • 裁判実務→実務
    • 裁判所未設置県 14, 85, 86, 91, 98, 99, 106
    • 先取特権 14, 92, 102, 103
    • ザクセンシュピーゲル 11, 151, 157
    • 沙汰未練書 37, 50, 51
    • 山論 14, 65, 66, 76
    • 死因贈与 115
    • 式目→御成敗式目
    • 実務(法実務、裁判実務) 11-16, 19-24, 29-39, 42, 43, 45-48, 51, 53, 85-87, 90, 92, 97, 98, 109, 118, 135, 139-141, 147, 149, 153, 158, 165, 166, 168-170, 172, 174, 176, 178, 275, 278
    • 実務法学 163, 175
    • 実務向け文献 20, 22, 24, 173, 175, 179, 180
    • 司法改革運動 17, 184, 185, 203
    • 司法解釈 189, 198, 205
    • 市民法大全(ローマ法大全) 15, 107, 108, 110, 112, 121, 123, 128, 134, 138, 161, 172
    • 社会主義核心価値観 197, 198, 209
    • 社会信用 196
    • 習近平法治思想 17, 196, 198, 199, 208
    • 十六字方針 187, 195, 196, 208
    • 主権者教育 18, 23, 241, 242, 249, 254, 255
    • ジュネーヴ諸条約(1949年) 214-219, 222, 224, 227, 231, 237
    • ジュネーヴ諸条約追加議定書 214, 215, 217, 218, 231
    • シュパイヤー訴訟法書 15, 141-147, 149-155, 157
    • 召喚 142-145, 147, 148, 150-152, 155, 157
    • 訟師秘本 21
    • 証人 50, 111, 113-115, 123, 142, 147, 148, 157, 166
    • 消費者基本法 247
    • 消費者契約法 247
    • 商法(*日本) 246
    • 情報化 20, 22, 23, 255
    • 書儀 57, 82, 83
    • 書式文例集(書式集、文例、文例集)12, 13, 16, 21, 22, 24, 32, 37, 38, 43, 48, 53, 54, 160, 164, 165, 175, 176
    • 処罰感情 267-270, 277
    • 書面 122, 123, 138, 148, 149, 160, 163-166, 176, 180
    • 書物の中の法(Law in(on)books) 19, 260
    • 白岩目安 14, 55, 56, 58-65, 78, 81, 83
    • 白峯銀山目安 14, 56, 58-62, 64, 65, 78, 81, 82
    • 自力救済 14, 21, 69, 81, 84
    • 人権教育 215, 217, 219
    • 真実発見 273-275, 278, 283, 284
    • 身代限 14, 86, 91-98, 100, 103-105
    • 人治(*中国) 187, 204
    • 人道性 219, 221, 229, 231, 232, 238
    • 人道法の探究(EHL) 17, 18, 23, 213, 214, 219-231, 237
    • 新聞 12, 19, 165, 176, 259, 263-266, 269, 275-277, 281, 284
    • 新編追加 33, 36
    • 人民司法 17, 184-186
    • 清律 86, 87, 89, 101, 105
    • 新律綱領 87, 88, 91, 100, 106
    • 菅浦惣荘置書 45, 46
    • 赤十字国際委員会(ICRC) 17, 18, 215-222, 231, 234-236, 238
    • 赤十字社 18, 217-229, 231, 234, 237, 238
    • 絶対指導 198, 199, 201, 202
    • 説得的な典拠 36, 47
    • 争点決定 141, 142, 147, 152
    • 争論 14, 55, 59, 64, 65, 67, 70, 76, 78, 79, 83, 84
    • 訴状 14, 21, 33, 39, 55, 56, 58-60, 65, 70, 74-76, 78, 79, 81, 82, 142-145, 147, 148, 155, 160-162, 165-167, 174-176, 180
    • 訴訟記録 13, 44-47
    • 訴訟戦術 46, 164, 166, 167
    • 訴訟法書(*シュパイヤー訴訟法書は別項) 15, 16, 20, 139-142, 146, 147, 149-154, 158, 174
    • 訴答文例 96, 164, 165, 178
  • た行
    • 玉野目安状 14, 56, 58, 61, 65, 69-71, 73-81
    • タンクレードゥス 15, 139-142, 144-154, 156, 174
    • 中学校社会科学習指導要領(平成 29 年告知) 229
    • 追加集 32-36, 39, 50
    • 庭訓往来 43, 53
    • テクニック 16, 22, 159, 163, 164, 166, 168-171, 173, 177, 180
    • 同意 122, 125-130, 133
    • 党政不分 186, 188, 204
    • 答弁書 165, 166
    • 豊臣平和令 69
    • 取り調べの可視化 18, 19, 259, 262, 263, 270, 271, 275-278, 282-285
  • な行
    • 中田薫 25, 32, 35, 49, 50
    • 日本国憲法 223, 229, 252, 261
    • 日本弁護士連合会 240, 243, 244, 253, 256, 257
    • 人間の尊厳 220, 221, 226, 229, 238
    • ネル、クヌート・ヴォルフガング 140, 154, 158
    • 年齢制限 122, 123, 125, 127
  • は行
    • バシリカ 15, 111, 112, 135
    • 抜粋集(Ἐκλογὴ τῶν νόμῶν) 15, 108-111, 114-116, 119, 122, 128, 134-136
    • 破門 148, 151, 152
    • 範例 14, 57, 60
    • 被害者 19, 263, 264, 266, 269, 271, 274, 275, 277, 281, 283, 284
    • 秘下会 25
    • 雛形(雛形文) 12, 16, 25, 48, 57, 147-149, 153
    • 非法律家(法律専門家ではない人) 18, 23, 240-242, 252, 259, 261, 262, 263, 277, 279, 280
    • ピリウス 139, 144, 154, 156, 174
    • フォティオス 112, 117
    • 普及努力義務 17, 214-217, 231-233
    • 武家故実→故実
    • 府県裁判所 14, 15, 85, 86, 90, 91
    • 普世価値 191, 194, 202
    • 武政軌範 32, 34, 37, 50, 51
    • フランス刑法(フランス刑法典) 86
    • フランス商法(フランス商法典、仏蘭西商法) 94, 95, 97
    • 仏蘭西法律書 刑法 14, 22, 90, 98
    • 仏蘭西法律書 商法 15, 22, 95, 98, 104, 105
    • 仏蘭西法律書 民法 15, 22, 92, 95, 98, 103, 104, 106
    • フランス民法(フランス民法典、仏蘭西民法、仏民法) 86, 93-95, 97
    • 文献の中の法(Law in Documents)    260
    • 分散 94, 97, 104, 105
    • 文例(文例集)→書式文例集
    • 平和(平和教育) 219, 220, 228-232, 238
    • 法案作成 259, 262, 263, 277, 278, 281
    • 法意識 104, 260-262, 280
    • 法学教育 12, 15, 23, 139, 240-242, 251, 252, 254, 261
    • 法学提要 15, 20, 107, 108, 116, 137
    • 法学と実務 16, 19, 20, 24, 29, 48, 158, 170
    • 法学入門(Ἐπαναγωγή/Εἰσαγωγὴ τοῦ νόμου) 15, 108, 111-118, 122, 124, 128, 134-138
    • 法学を基盤とした法 16, 22, 29, 159, 167, 169, 171-173
    • 法教育 12, 16, 18, 23, 223, 229, 239-257
    • 法教育研究会 223, 236, 240, 253-255
    • 法教育推進協議会 240, 253, 257
    • 法実務→実務
    • 法社会学 18, 19, 25, 259-261, 285
    • 法書 11, 20, 24, 35, 178
    • 法情報学 18, 19, 23, 25, 279
    • 法制(*中国) 17, 187-191, 193, 196, 202
    • 法制審議会 18, 19, 259, 262-277, 281-284
    • 法専門職→法律家
    • 法治(*中国) 20, 22, 25, 187, 191-196, 201, 202, 205, 206
    • 法伝統 16, 22, 23, 25, 164, 165, 167
    • 法と教育学会 241, 253, 254
    • 法の象徴的機能 19, 278, 285
    • 法務省 223, 240, 243, 244, 249, 253, 257
    • 法律家(法律専門家、法専門職) 12, 18, 23, 171, 179, 240, 241, 244, 234, 249, 260, 261, 272, 276-280
    • 法律行為の定式化 21, 48
    • 法律専門家→法律家
    • 法律専門家ではない人→非法律家
    • 法律便覧(Πρόχειρος Νόμος) 111, 112, 136, 137
  • ま行
    • 三島中洲 15, 93, 104
    • 箕作麟祥 14, 15, 22, 90, 95, 98, 102-104
    • 民法(*日本) 223, 246
    • 陸奥国宇陀郡岩子村 79, 80
    • 陸奥国宇陀郡柏崎村 73, 79, 80
    • 陸奥国宇陀郡玉野 65-75, 83
    • 室町家御内書案 32-34, 37-39, 50, 52
    • 明治民事訴訟法(明治民訴法) 16, 22, 163-166, 170, 175, 176, 178, 179
    • 命令不服従 142, 148, 150-152, 157
    • メディア 11, 12, 16-19, 23, 169, 261-268, 270-273, 275-279, 281
    • 目安往来物 14, 21, 48, 55-61, 64, 78, 81, 82
    • 文書鑑定 13, 40, 42, 46-48
    • 文部科学省 223, 224, 241, 246, 249, 255, 256
  • や行
    • 安田初雄 66, 68, 70, 83, 84
    • 山境目安 66, 69, 83
    • 用語集 160, 221
    • 用文章 12
    • 世論 19, 259, 261, 264-277, 279, 282, 283
  • ら行
    • リートナー、オットー 149, 151-154, 157, 158
    • 立法 11, 18, 19, 35, 36, 109, 134, 135, 179, 206, 259, 2261-263, 266, 267, 269, 274, 276, 278-283, 285
    • リテフスキ、ヴェスワフ 151, 158
    • 理論的文献 16, 159-162, 167, 169, 170, 172, 174
    • レオン3世 109, 116
    • レオン6世 112, 136, 138
    • ローマ・カノン法(的)訴訟 140, 152, 153, 158, 159, 170
    • ローマ法(ローマ法学) 11, 15, 16, 20, 107, 108, 139, 140, 144, 146, 153, 154, 158-162, 168, 172, 174
    • ローマ法大全→市民法大全
  • わ行
    • 私たちが拓く日本の未来 250, 257