一橋法学・国際関係学レクチャーシリーズ 3 実定法と社会 法解釈学の道しるべ

一橋法学・国際関係学レクチャーシリーズ刊行委員 編
書影『実定法と社会』

学びの旅を始めよう。途中で迷ったらまた本書に戻ってください。読むたびにあなたの旅に役立つ新しい発見を見いだすでしょう。さあ実定法の世界を知るための初めての旅に出かけよう。(2026.2.28)

定価 (本体2,800円 + 税)

ISBN978-4-87791-341-0 C3032

目次

    • プロローグ
      • ◆ 法解釈学の道しるべ野口貴公美
        • 法律を学ぶということ(法学とはなにか)
        • 実定法学(法解釈学)とはなにか
        • 実定法の学び─法の解釈とはなにか
        • 実定法学の魅力
        • 実定法を学ぶ心構え─旅の準備の最後に
  • パート1 公法
    • 1 憲法(人権)平良小百合
      • ◆ 憲法と法制度 ――夫婦同氏制をめぐって
        • 生じている不利益
        • 婚姻と法制度
        • 婚姻の自由の制約
        • 法制度に規定された氏
        • 法制度に規定された婚姻
        • 婚姻制度構築の統制 ――平成27年判決多数意見
        • 平成27年判決多数意見の問題点
        • 婚姻制度構築の実効的統制
        • 子の氏・戸籍の編製
    • 2 憲法(統治機構)江藤祥平
      • ◆ 憲法とは何か? ――国家権力を構成する仕組み
        • 国家権力を構成する=統治機構
        • 国家権力を制限する=基本的人権
        • 統治の主体─主権をめぐる問い
        • 代表とは何か?
        • 内閣と行政権─議院内閣制
        • 司法権─違憲審査制
    • 3 行政法(基礎)田中良弘
      • ◆ 行政法の特徴と解釈のポイント
        • 行政法の定義
        • 行政法の基本原理(法治主義)
        • 法の一般原理(1)(平等原則)
        • 法の一般原理(2)(信義則)
        • 法の一般原理(3)(信頼保護の原則)
        • 法の一般原理(4)(権限濫用の禁止)
        • 行政法の特徴と解釈のポイント
    • 4 行政法(応用)土井 翼
      • ◆ 「最後の一人」のための法解釈
        • ホームレス住民票訴訟の事案と関連法令の仕組み
        • 各裁判所の判断
        • 事実と権原の間にある住所
        • 住所をもつことの帰結
        • 事実に立脚した住所判定の重要性
        • 「最後の一人」のための法解釈
    • 5 行政学辻 琢也
      • ◆ 行政学と「政府の失敗」
        • 政府活動と市場機構
        • 行政学研究と「政府の失敗」
        • 現代日本における「政府の失敗」
        • アウトソーシング
        • 政策評価
        • 政府間関係論
        • デジタル化とグローバル化
  • パート2 民事法
    • 1 民法(総則)西垣怜央
      • ◆ 条文の裏を歩く
        • 法律用語の生産
        • 言葉を分析する
        • 事実を整理する
        • 目的を読み取る
        • 実定法学の活動
        • 体系を作る意味
    • 2 民法(物権法)鳥山泰志
      • ◆ 物権法の入門と少々の現代的な課題
        • 民法における物権 ――その代表は所有権
        • 物権の絶対性
        • 公示の必要性
        • 土地や建物に関する物権の公示 ――登記
        • 登記をしないことによる不利益
        • 登記をしないことによる不利益が生じない場合
        • 1つの判例がもたらす負の影響 ――所有者不明土地問題
        • 所有者不明土地問題の増加の危険と対策
    • 3 民法(債権法)小峯庸平
      • ◆ グレーゾーン金利問題に見る判例の役割
        • 契約の自由と金利規制
        • 法規制の協働とグレーゾーン金利
        • 法改正によるグレーゾーン金利の廃止
        • 判例による包囲網(1)─旧利息制限法1条2項─
        • 判例による包囲網(2)─旧貸金業法43条─
        • 司法と立法の協働から見たグレーゾーン金利廃止の経緯
        • 法改正後の諸問題と判例の役割
    • 4 民法(家族法)石綿はる美
      • ◆ 第三者提供精子を用いて生まれた子の父子関係について
        • 本節で検討すること─法律上の父子関係
        • 法律上の親子関係の定め方
        • 嫡出推定─父子関係の成立ルール
        • 嫡出否認─父子関係の否定ルール
        • 生殖補助医療技術と法律上の親子関係の問題
        • 第三者提供精子により生まれた子の父子関係についてのルール
        • 夫の同意がある場合に「子が嫡出であることを否認できない」ことの法的意味
        • 本節で扱った問題の先に─行為規制ルールや子の出自を知る権利
    • 5 民事訴訟法(倒産法)水元宏典
      • ◆ 倒産法を学ぶために─その入り口までの道案内
        • 倒産法とは
        • 倒産とは
        • 倒産法の目的
        • 倒産実体法と倒産手続法
        • 清算型倒産手続と再建型倒産手続
        • 法的倒産手続と私的整理手続
  • パート3 企業法・経済法
    • 1 金融商品取引法髙橋真弓
      • ◆ 「インサイダー取引」って?
        • 日本における現行のインサイダー取引規制の概要
        • 規制の対象者
        • 「重要事実」
        • 禁止される行為1─ 株式等の売買等
        • 禁止される行為2─ 情報伝達・取引推奨
        • インサイダー取引規制の解釈と立法
        • インサイダー取引規制の不要論
        • インサイダー取引はなぜ規制されるのか
    • 2 経済法柳 武史
      • ◆ 人口減少社会における独占禁止法の役割
        • 独占禁止法の目的(保護法益)とは
        • 解釈による対応(1) ――ふくおかフィナンシャルグループ・十八銀行の統合事例
        • 解釈による対応(2) ――企業結合ガイドラインの改定
        • 立法による対応(1) ――特例法の制定
        • 立法による対応(2) ――青森銀行・みちのく銀行の統合事例
        • 解釈による対応と立法による対応の相違?
        • 比較法研究をする側から比較法研究をされる側へ
    • 3 著作権法長塚真琴
      • ◆ 「クローン人間は著作物ですか?」
        • クローン人間とは(小前提) ――その調べ方
        • クローンとは
        • 動物、そして人間のクローン
        • ウェブサイトの情報の信頼度と見分け方
        • 著作物とは(大前提)
        • クローン人間(動物)は著作物か?(あてはめ)
        • クローン技術に関するアイディアと特許法
        • クローン技術に関するアイディアや表現と著作権法・特許法(クイズ)
        • 特許法と著作権法の違い(骨子)
        • 「知的財産法」について
    • 4 労働法相澤美智子
      • ◆ 働く人のための労働法と労働法学の探究
        • 新自由主義的資本主義ノルム
        • 旧体制的身分制ノルム(1) ――その形成
        • 旧体制的身分制ノルム(2) ――その残存
        • ノルム変革による旧体制新自由主義抱合型資本主義からの脱却
        • ノルム変革の労働法的実現(1) ――労働者の団結の仕方を変えるための法・社会的支援
        • ノルム変革の労働法的実現(2) ――就業規則の簡素化
        • ノルム変革の労働法的実現(3) ――無期雇用の原則化と有期労働契約の入口規制
        • 労働法学の課題
  • パート4 刑事法
    • 1 刑法(各論)酒井智之
      • ◆ 書かれざる要件としての「不法領得の意思」
        • 窃盗罪(刑法235条)はどのような場合に成立するのか
        • 罪刑法定主義
        • 文理解釈とその限界
        • 体系的・論理的解釈
        • 目的論的解釈
        • 法解釈を巡る争い
        • 問題の所在 ――不法領得の意思
        • 不法領得の意思が要求される根拠
        • 不法領得の意思はどのような場合に認められるか
        • 甲の主張(1)権利者排除意思について
        • 甲の主張(2)利用処分意思について
        • 刑法学という眼鏡
    • 2 刑事訴訟法高平奇恵
      • ◆ えん罪事件から見る刑事手続の現在地
        • 刑事訴訟法の目的と憲法
        • 刑事手続の流れと関与者
        • 「供述」はどのように証拠となるのか
        • 「自白」について刑訴法はどのように定めているのか
        • 袴田事件の「自白」のどこに問題があったのか
        • 取調べの時間・態様(問題ア及びイ)
        • 弁護人の実効的な援助の欠落(問題ウ)
        • 身体拘束の場所(問題エ)
        • 人質司法
        • 証拠開示の重要性
        • 捜査過程の透明化の重要性・必要性
    • 3 刑事政策戸田彩織
      • ◆ 刑事司法プロセスの「脇道」 ――非拘禁的措置からみる日本の刑事政策
        • 刑事政策の視点─刑法、刑事訴訟法との違い
        • 刑事政策の視点─犯罪学との関係
        • 犯罪統計からみる日本の犯罪処理─非拘禁的措置の活用
        • 日本の刑事司法運用の背景
        • 日本の刑事司法運用の問題
    • 4 少年法本庄武
      • ◆ 罪を犯した少年を「保護」するという構想
        • 少年法が存在する理由
        • 非行少年とは
        • 少年司法手続の特殊性
        • 少年法における保護の実像
        • 少年法と刑事法の交錯
    • エピローグ
      • ◆ 法解釈学への旅の扉屋敷二郎
    • 執筆者紹介
    • 索引

著者紹介

執筆者紹介(五十音順)

・相澤 美智子(あいざわ・みちこ)法学研究科教授
専門分野: 労働法、ジェンダーと法。日本学術会議連携会員、ジェンダー法学会理事。主要業績: 『雇用差別への法的挑戦─アメリカの経験・日本への示唆』(創文社、2012年)、『労働・自由・尊厳─人間のための労働法を求めて』(岩波書店、2021年)、『労働法〔第3版〕』(日本評論社、2023年、共著)ほか
・石綿 はる美(いしわた・はるみ)法学研究科教授
専門分野: 民法。法制審議会民法(遺言関係・親子法制)部会・家族法制部会幹事、参議院法務委員会調査室客員調査員。主要業績: 『家族法学の過去・現在・未来』(有斐閣、2025年、共編著)、『家族への公的関与』(日本評論社、2025年、共編著)、『ストゥディア民法2物権』(有斐閣、2024年、共著)ほか
・江藤 祥平(えとう・しょうへい)法学研究科教授
専門分野: 憲法。主要業績: 『近代立憲主義と他者』(岩波書店、2018年)、『大学生活と法学』(有斐閣、2022年、共著)ほか
・小峯 庸平(こみね・ようへい)法学研究科准教授
専門分野: 民法。主要業績: 『責任財産の分割と移転』(商事法務、2020年)、『民法演習はじめて解いてみる16問』(有斐閣、2024年、共著)、『民法(債権関係)改正後の民法学』(商事法務、2025年、共著)ほか
・酒井 智之(さかい・ともゆき)法学研究科講師
専門分野: 刑法。主要業績: 「心理的幇助犯における因果関係の判断枠組み」『一橋法学』23巻1号(2024)、「覚醒剤輸入と幇助犯─通関線突破に失敗した覚醒剤輸入の受領役につき、発送行為に対する心理的因果性を否定しつつ、物理的因果性を肯定した事案(東京高判令和 2年3月30日高刑速(令2)130頁)について」『一橋法学』24巻3号(2025)ほか
・平良 小百合(たいら・さゆり)法学研究科教授
専門分野: 憲法。主要業績: 『財産権の憲法的保障』(尚学社、2017年)、『新しい土地法─人口減少・高齢化社会の土地法を描く』(日本評論社、2022年、共著)、『教養としての法学・国際関係学─学問への旅のはじまり』(国際書院、2024年、共著)ほか
・髙橋 真弓(たかはし・まゆみ)法学研究科准教授
専門分野: 会社法、金融商品取引法。文部科学省中央教育審議会法科大学院等特別委員会委員、公認会計士試験試験委員。主要業績: 「ESG評価機関の法的規律─企業情報仲介者としての特性と規律のアプローチ」『一橋法学』23巻1号(2024年)、「サステナビリティ情報の開示におけるマテリアリティ概念の意義と変容」『一橋法学』24巻1号(2025年)ほか
・高平 奇恵(たかひら・きえ)法学研究科教授
専門分野: 刑事訴訟法。臨床法学教育学会理事・事務局長、法科大学院協会常務委員。主要業績: 『刑事手続における検察の権限─日本と中国』(国際書院、2024年、共著)、「公判外供述の許容性と被疑者・被告人の手続的権利(1)~(3)」『一橋法学』23巻2号(2024年)、3号(2024年)、24巻2号(2025年)ほか
・田中 良弘(たなか・よしひろ)法学研究科教授
専門分野: 行政法。内閣府規制改革推進会議専門委員、国立国会図書館公平委員、取手市行政不服審査会会長。主要業績: 『行政上の処罰概念と法治国家』(弘文堂、2017年)、『原子力政策と住民参加─日本の経験と東アジアからの示唆』(第一法規、2022年、編著)、『自治体の実務1: 空き家対策』(信山社、2020年、共著)ほか
・辻 琢也(つじ・たくや)法学研究科教授
専門分野: 行政学。日本行政学会理事、地方制度調査会委員、税制調査会委員。主要業績 : 『地方自治法施行70周年記念自治論文集』(総務省、2018年、分担執筆)、『あたらしい自治体の設計』(有斐閣、20003年、共著)など
・土井 翼(どい・つばさ)法学研究科准教授
専門分野: 公法、行政法。主要業績: 『名宛人なき行政行為の法的構造─行政法と物の法、序論的考察』(有斐閣、2021年)、『精読行政法判例』(弘文堂、2023年、共著)ほか
・戸田 彩織(とだ・さおり)法学研究科講師
専門分野: 刑事政策。主要業績: 『新時代の刑事拘禁法・処遇法』(現代人文社、2025年、共著)、Paradox of Parole Practices in Japan: Progress, Challenges and a Possible Way Forward, in Harry Annison, Nicola Carr and Thomas Guiney (eds), Parole Futures: Rationalities, Institutions and Practices (Hart Publishing 2025)、A Place for Public Concerns in Parole Decision Making in Japan, The Howard Journal of Crime and Justice, 63(1)(2024), 98–117ほか
・長塚 真琴(ながつか・まこと)法学研究科教授
専門分野: 著作権法、フランス法。国際著作権法学会日本支部(ALAI Japan)理事、日仏法学会理事。主要業績: 『フランス著作権法と文化政策─文学的美術的所有権をめぐる論考』(ミネルヴァ書房、2025年)ほか
・西垣 怜央(にしがき・れお)法学研究科講師
専門分野: 民法。主要業績: 「土地の売買契約に基づく債務の履行請求訴訟等に支出した弁護士報酬を債務不履行に基づく損害賠償として請求することの可否: 最判令和3年1月22日判時2496号3頁」『一橋法学』21巻3号(2022年)ほか
・野口 貴公美(のぐち・きくみ)一橋大学副学長、法学研究科教授
専門分野: 行政法。総務省行政不服審査会委員、内閣官房情報保全諮問会議構成員、内閣官房サイバーセキュリティ推進専門家会議委員。主要業績: 『行政立法手続の研究─米国行政法からの示唆』(日本評論社、2008年)、『行政法(有斐閣ストゥディア)〔第3版〕』(有斐閣、2023年、共著)、『行政法判例50!〔第2版〕』(有斐閣、2024年、共著)ほか
・本庄 武(ほんじょう・たけし)法学研究科教授
専門分野: 刑法、刑事政策、少年法。日本刑法学会理事。主要業績: 『少年に対する刑事処分』(現代人文社、2014年)、『刑事政策学』(日本評論社、2019年、共著)ほか
・水元 宏典 (みずもと・ひろのり) 法学研究科教授
専門分野: 民事手続法。主要業績: 『倒産法における一般実体法の規制原理』(有斐閣、2002年)、『〔新版〕法学の世界』(日本評論社、2019年、共著)ほか
・屋敷 二郎(やしき・じろう)一橋大学副学長、法学研究科教授
専門分野: 西洋法制史。法文化学会理事、法制史学会理事。主要業績: ポール・ミッチェル著/湊麻里訳『法の歴史大図鑑』(河出書房新社、2024年、日本語版監修)、『教養としての法学・国際関係学─学問への旅のはじまり』(国際書院、2024年、編著)、『法と社会─基礎法学の歩き方』(国際書院、2025年、編著)ほか
・柳 武史(やなぎ・たけし)法学研究科教授
専門分野: 経済法、独占禁止法、競争法。経済産業研究所「グローバル化・イノベーションと競争政策」プロジェクトメンバー、公正取引委員会「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関するガイドライン検討会」委員(2022年)、経済産業省「グリーン社会の実現に向けた競争政策研究会」委員(2022年)。主要業績: 『独占禁止法における社会公共目的の役割─グリーン社会・SDGsの実現に向けて』(中央経済社、2026年)ほか

まえがき

◆ 法解釈学の道しるべ

この本を手に取ってくれてありがとう。『実定法と社会』の学びの世界へようこそ。

この本は、あなたを、『実定法と社会』の学びの世界に案内することを目指して書かれたものである。いわば、「実定法の世界を知るための初めての旅の書」であり、「今後、さまざまな実定法の世界の旅を続けていく際に道に迷うことがないように、あなたを導いてくれる道しるべの書」といえる。

一橋大学大学院法学研究科に所属する教員が、それぞれ頭をひねって、しかし楽しみながら、読者のみなさんに、実定法の学びの面白さを伝えるために一生懸命執筆している。読者のみなさんも、頭をひねって、しかし楽しみながら、どうか一生懸命に読んでほしい。

どこから読みはじめるかはあなたの自由だ。ただ、一度読みはじめたら、ぜひ、最後まで目を通してほしい。「実定法の世界を知るための初めての旅」を一通り終えたとき、あなたがこれまで眺めてきた社会やその諸課題の見え方が、きっと変わっているはずである。さらに、社会に存在する諸課題の解決方法について、法律学の視点から考えていくための考え方の土台が築かれていることにも、気づくことができるだろう。

この本を読み終えた後にも、学びの旅の途中で迷いそうになるときがあったら、いつでもこの本に戻ってくるといい。読むたびに、あなたの旅に役立つ新しい発見と導きを得られるはずである。

□ 法律を学ぶということ(法学とはなにか)

さて、本書を読む旅にあなたを送り出す前に、この本にどのようなことが書かれているか、そして読むことによって何がわかるのかについて、少しだけ書いておきたい。実定法の世界の初めての旅に船出するための、いわば準備作業だと思ってほしい。

まず、「法律を学ぶ」とはどういうことだろうか。「法律って、なんだか難しそう」、「条文ばかり出てきて退屈そう」─そんなイメージを持っている人もいるかもしれない。まず、このイメージを、一度、頭の中から追い出してみよう。

法律とは、われわれが守るべき社会のルールである。したがって、法学(法律学)とは、「社会のルールを読み解くための技(方法・技術)」を学ぶ学問であり、実はとても人間くさい学問といえる。

確かに、学びはじめてしばらくは、聞き慣れない概念や抽象的な理論、読みにくい条文や長い判決に出会って、疲れてしまうこともあるかもしれない。しかし、法律を学ぶということは、社会をより良くするために必要なルールを学び、社会課題を現実的に解決するための思考力を身につけることでもある。焦らず、じっくりと学び続けていけば、法律を学ぶことの面白さがきっと感じられる日がくるはずだ。

□ 実定法学(法解釈学)とはなにか

さて、この本のタイトルは、『実定法と社会(副題は、法解釈学のみちしるべ)』である。したがって、そもそも、実定法学(法解釈学)とは何かについて、ここで説明をしておいた方がよいだろう。

法学は大きく、基礎法学と実定法学に区分されている(そもそも「法学とは」について、まだ読んだことがないのであれば、レクチャーシリーズ(1)『教養としての法学・国際関係学』を読み、「法学」について学んでみることをおすすめする)。

基礎法学は、個別の法律の解釈ではなく、法一般に共通する考え方や、法の歴史・哲学・社会的な側面・法的思考などを扱う領域であり、個別法の解釈を目的としない。すなわち、基礎法学とは、法学に隣接する諸科学(哲学、歴史学、経済学、社会学、心理学など)とのかかわりで法学の基礎部分を学ぶものと言える(レクチャーシリーズ(2)『法と社会』には、「基礎法学は法学における基礎科学であり、民法学や刑法学などの実定法学(法解釈学)が法学における応用科学である、と考えてみてはどうだろうか」(同書・17頁)と述べられている。「基礎法学とは」について、まだ読んでいないようであれば、レクチャーシリーズ(2)『法と社会』を、この機会に併せてぜひ読んでみてほしい)。

これに対して実定法学とは、実定法(人間が定めた法律)の条文を対象として、その解釈や運用について学ぶ領域である。民法や刑法などの具体的な法律を素材に、法を解釈し、事案に適用する技術を磨く学問といえる。「実定法学とは法解釈学である」といわれるのはこのためである。

本書で扱う実定法の世界は、いくつかの領域に別れている。章立てに沿って整理すれば次の通りである。

  • ○公法─国家と個人との関係を規律する法律を「公法」という。本書では、憲法と行政法、そして行政学をここに含めている。
  • ○民事法─個人間(市民間)の法律関係を規律する法律を「民事法」という。本書では、民法と民事訴訟法をここに含めている。
  • ○企業法・経済法─本書では「企業法・経済法」として、金融商品取引法、経済法、著作権法、労働法をここに含めている。これらは広い意味で企業活動に関係する法律といえるが、そこで扱われる対象も考え方はそれぞれに異なる内容となっている。
  • ○刑事法─犯罪と刑罰に関する法規範を刑事法という。本書では、刑法、刑事訴訟法、少年法、刑事政策・少年法をここに含めている。

□ 実定法の学び─法の解釈とはなにか

上記のように、実定法はいくつかの領域から構成されているが、これらを包括するのが実定法学の世界であり、個々の法律の条文を対象として、条文を読み、その解釈を学ぶことからスタートする。条文の解釈と適用を学ぶことを通して社会のルールを深く理解しそれを用いて諸問題を解決すること、また、時にはそれらルールの改善の方向について思考するのが、実定法の学びである。

法の解釈とは、条文を具体的な事案に適用するにあたり、その意味を明らかにすることをいう。しかし、ひとくちに「解釈」といっても、そこにはさまざまな「解釈(解釈の種類)」があると考えられている。例えば、文理解釈とは、法文の文字や文章を重視する解釈方法である。これに対して、法文の文字や文章よりも論理的な意味を重視して解釈する方法を論理解釈という。法文を解釈する際に法で用いられている用語等を法目的に照らして縮小して解釈することを縮小解釈といい、反対に、法文に用いられている用語等を拡大的に解釈する方法を拡大解釈という。適用できる直接の規定がない場合に類似した事例に適用される規定を当てはめる(類推する)解釈を類推解釈といい、逆に、法律が規定する事項を前提として「規定されていない事項は規定されている事項とは逆(反対)に解釈する」と考えるのが反対解釈である。このように、法の解釈自体についても、その方法や理解に関するさまざまな議論が展開されている。

これらの法解釈の技法について学んでいくと、法を「読み解く力」だけではなく、法を「使う力」や、「見直す力」も育んでいくことができる。法を学ぶとは、法を知り、法を使い、そしてそのあり方を考え続ける思考過程の積み重ねなのである。 

□ 実定法学の魅力

さて、筆者自身も、行政法を専攻する「実定法世界の旅人の一人」(自他共に認める行政法マニア。詳しくは、レクチャーシリーズ(1)『教養としての法学・国際関係学』のパート1第2節を参照されたい)である。筆者は、行政法を学ぶたびに、行政法学の旅の魅力の沼にはまっているが、ここで、筆者自身の視点から、実定法学を学ぶ魅力をアピールしてみたい。

実定法学の魅力その1は、「実際に役立つ知識を学べること」。社会にはさまざまなルールがあり、それが法律として存在している。例えば、「契約を結ぶときにどんな注意が必要か」、「もしも自分が犯罪に巻き込まれたときどうすればよいのか」・・日常に関わる法律知識を学んでおくことは、日々の生活の中で法律がどのように関わっているのかを知り、自分の権利を守っていく上で、大きく役立つものとなるだろう。

魅力その2は、「法的思考力を鍛えられること」。法律を学ぶとは、問題解決のために法がどのように適用されるのかを学ぶことである。この学びは、「正解を覚える」学びではなく、複数の視点から物事を考え、問題点の解決法を探っていくという学びとなる。単なる知識を超えた「法的思考力」は、論理的に物事を考える姿勢と習慣につながる。法律を学ぶことで、身近な問題に対する見方が変わり、物事をより深く理解できるようになるだろう。

魅力その3は、「社会問題の解決について考えられるようになること」。実定法学を学ぶと、社会が直面しているさまざまな問題に対して、どのように法律が関わっているのかを理解することができる。例えば、人権の保護の問題、高齢化や人口減少の問題、外国人をめぐる問題、環境問題、労働問題や企業をめぐる問題、経済的な問題、デジタル時代の著作権の問題、治安や安全安心の確保の問題などの重要なテーマについて、法律の力でどのような解決が可能かを考えていくことができる。また、実定法学を学ぶことで、法について考え、法を知り、法を使い、そして法をつくることができるようになれば、将来、法律の制定や改正に携わるチャンスも生まれるだろう。社会課題の解決のために、法律を用いた解決策を提案することができるようになれば、社会の進展に大きく貢献することができる。自分の力で社会をより良い方向に変えていきたいと考えているなら、実定法学を学ぶことは、その第一歩となるはずである。実定法学とは、社会を変える力を持つ学問なのである。

社会におけるルールを定める実定法は、社会の変化に対応するために常に変化するものでもある。「人間がつくる制度」である実定法は、時代により人間の考え方や価値観が変われば、それに応じて進化する。実定法は、歴史の中で形成され、社会を守るために常に進化し続けている。「実定法を学ぶ」ということは、社会の成り立ちを知ることでもあるのだ。実定法の学びを通じて、私たちが生きる社会の歴史を理解し、未来の社会の形を構想することは、これ以上になく楽しい、知的で創造的な活動といえるのではないだろうか。

□ 実定法を学ぶ心構え─旅の準備の最後に

旅の準備の最後に、これから実定法の学びの旅に旅立つあなたにお願いしたいことがある。それは、実定法を学ぶ際に、常に「なぜ?」と問い続ける姿勢を持っていてほしいということだ。

実定法は時代とともに変化する。既存の条文を暗記するだけではなく、その根底にある理念や社会的背景を理解する姿勢が大切である。「なぜこの法律が必要なのか」、「なぜこのような形式で存在しているのか」、「なぜこの場面で用いられるのか」、「なぜこのように解釈されているのか」、「なぜこのように改正されたのか」・・実定法にまつわる「なぜ?」を追求し続けてみてほしい。法学とは、単に専門知識を学ぶものではなく、社会を理解し、社会に貢献する力を育む学問であるということを、忘れないでいてほしい。

さあ、準備が整ったら、さっそく、楽しい実定法学の学びの旅に出発しよう。

【野口 貴公美】

一橋法学・国際関係学レクチャーシリーズ発刊にあたって

本シリーズは、法学および国際関係学に関心のある人に、その全体像を手軽に把握してもらうことを目的として発刊する。ここで扱われるトピックは、多様化する国際紛争、人工知能の発達、ダイバーシティなど現代世界の諸課題から、法学および国際関係学分野の古典的な諸問題に至るまでさまざまである。本シリーズを通じて、読者は法学および国際関係学を大学で本格的に学ぶための基礎を固め、また現代社会を生き抜くうえで必要な法学および国際関係学の基本的な教養を身につけることができるだろう。

本シリーズでは読みやすく分かりやすい記述を重視するが、その内容は各分野の第一線で活躍する研究者の学識によって裏打ちされたものである。それゆえ本シリーズは、いわば見本市のように、一橋大学大学院法学研究科・法学部の研究力を社会に示すものであり、またその研究成果を社会に還元するものでもある。

本書が多くの読者にとって法学および国際関係学に親しむきっかけとなれば幸いである。

2023年11月11日

一橋法学・国際関係学レクチャーシリーズ刊行委員会

索引

  • 英字
    • e-gov法令検索 82, 184, 216, 224
    • e-Government 97
    • NPM 91, 100
    • PFI 92, 100
  • あ行
    • アイディア 219-221, 224-225
    • アウトソーシング 91-94, 97, 100, 227
    • アメリカ憲法 44
    • アメリカ独立宣言 45
    • 家(制度) 39, 132, 230-232
    • 違憲審査 27, 53
    • 一般意志 42
    • 一般消費者の利益 197-198, 203-204
    • インクレメンタリズム 89, 91, 100
    • インサイダー取引 183
    • インスティトゥティオネス体系 115
    • 宇奈月温泉事件判決 105
    • 「江差追分」(に関する判例) 218
    • 尾高朝雄 47
  • か行
    • 会社関係者 184-186, 188-189, 191
    • 会社更生法 167, 169, 176
    • 会社の業務執行を決定する機関 187-188
    • 家裁調査官 299
    • 家族 31-35, 38, 163-164, 186, 232, 272, 285, 287
    • 家族法 121, 151
    • 家庭 42, 151, 224, 297
    • 家庭裁判所 299-301
    • 過払金 144, 148-150
    • 仮釈放 283-284, 286-287, 303
    • 科料 247, 250, 281, 301
    • 議院内閣制 46, 51-52
    • 毀棄罪 254
    • 企業結合ガイドライン 201-202, 205
    • 基礎法学 18-19, 309-310
    • 起訴猶予 280, 286, 298
    • 逆送 304-305
    • 供述録取書 264
    • 競争政策 198-199, 203, 207
    • 金融商品取引業者 190-191
    • 金融庁 183-186, 190-191, 193
    • 虞犯少年 297-298
    • グレーゾーン金利 137, 139-143, 146-148
    • クローン技術 213-214, 219-220
    • 経済憲法 197
    • 契約 21, 61, 123-124, 126, 137-139, 144-145, 186, 231-233, 236, 296
    • 契約締結自由の原則 139
    • 契約内容自由の原則 138-139
    • 権原 74-76, 78-79, 82
    • 権限濫用の禁止 67, 69
    • 検察官 235, 263, 267-269, 273-274, 279-281, 299-300, 304
    • 健全育成 293-295
    • 限定列挙 216, 224
    • 憲法制定権力 47-48
    • 権利者排除意思 253-257
    • 権利の濫用 107-115
    • 公共空間 74
    • 公共財 87
    • 公共の福祉 31, 229, 262, 294
    • 公示 124-125, 127, 220-222
    • 公正且つ自由な競争 197-198, 203-204
    • 公正取引委員会 199-201, 205-206
    • 公募増資インサイダー取引 190-191
    • 個人再生 170, 174
    • 個人の尊厳 30, 33-36
    • 婚姻 27-36, 64, 151, 153-154, 162, 164, 231, 296
  • さ行
    • 罪刑法定主義 192, 247-248, 250, 252, 294
    • 債権 121, 123-124, 137, 169-171, 176-177
    • 最後の一人 72, 79-80
    • 財産法 121
    • 再審 43, 261, 275
    • 再犯防止 279, 285-286, 288
    • 債務 123-124, 137, 143, 145, 168
    • シィエス 47
    • 時限立法 202, 207
    • 自己破産 173
    • 市場機構 86-88
    • 失期条項 146
    • 執行猶予 281, 283-284, 288, 302
    • 実定法学 18-22, 81, 113, 116, 310
    • 指定管理者制度 92, 100
    • 私的整理 175-177
    • 自白 261, 264-270, 272-273
    • 司法権 38, 53, 59
    • 司法と福祉の連携 285, 288
    • 資本市場 184, 195-196
    • 社会契約説 45
    • 社会保険給付 76
    • 就業規則 235-238
    • 住所 73, 75, 78, 131
    • 重要事実 184
    • 出自を知る権利 163
    • シュミット 49-50
    • 条件適合理論 96, 101
    • 証拠開示 273-274
    • 少子高齢化 92, 197, 203-204, 207
    • 使用窃盗 253, 255-256
    • 少年院 295, 302-304
    • 情報受領者 185-186, 189
    • 情報伝達・取引推奨 190-191
    • 触法少年 296-297
    • 職権主義 300
    • 所得再分配 87, 91
    • ジョブ型雇用 238
    • 所有権 105-106, 109-110, 113, 115, 121, 122-123, 125-129, 132-133, 251, 256
    • 所有者不明土地問題 130, 132-133
    • 人格権 31, 34
    • 人格的利益 30-31, 33
    • 信義則 61, 63-65
    • 人口減少 91, 94, 99, 197-198, 203-204, 206-207
    • 人工授精 151, 157
    • 身体 78, 272, 284
    • 信認義務理論 195
    • 信頼保護の原則 65, 67
    • 生活の本拠 73-75
    • 制限物権 122, 125
    • 政策評価 94-95, 97
    • 生殖補助医療特例法 152-153, 159-162
    • 成長発達権保障 295
    • 政府活動 85-88, 91, 94-99
    • 政府間関係 95-98
    • 「政府の失敗」 87-88, 90
    • 接見交通権 270
    • 選挙権 76-77, 79
    • 全件送致主義 298
    • 漸変主義 87, 100
    • 早期事業再生法 177
  • た行
    • 体外受精 157-158
    • 第三者提供精子 152, 157-163
    • ダイバージョン 281, 285
    • 代用監獄 272-273
    • 知的財産基本法 222
    • 知的財産法 172, 211-212, 221-222
    • 地方銀行 198-199, 202-204
    • 嫡出推定 153-156, 158-159, 165
    • 嫡出否認 153-154, 156-159, 162
    • 著作物 215-219, 221-222
    • 適正手続 44, 262-263
    • 適用除外 190, 202-203, 206
    • 転居届 72, 80
    • 登記 124-133
    • 倒産 168
    • 倒産ADR 175
    • 倒産手続 171-177
    • 独占禁止法 197
    • 特定少年 296-297, 305
    • 特別清算 167, 173
    • 特例法 202-207
    • 都市公園 72-74, 79
    • ドリー(クローンヒツジ) 218-219
  • な行
    • 認知 153, 284
  • は行
    • 破産免責 170-171, 173-175
    • 発明 219-221
    • 犯罪学 278-279
    • 犯罪少年 295, 298, 304
    • 犯罪統計 279
    • パンデクテン体系 115
    • 判例 63, 65, 105, 107, 110-112, 114-115, 132, 134, 137, 142-143, 145, 147-149, 189, 218, 253, 255, 270, 274
    • 引受け 191
    • 被疑者 51, 262-264, 266, 268-273, 279, 284-285, 298
    • 被疑者国選弁護制度 271
    • 非行少年 294-295, 297-298, 302, 304-305
    • 被告人 192, 258, 262-263, 271, 273, 284-285, 288, 299-300
    • 微罪処分 280, 298
    • 人質司法 273
    • ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律 214
    • 非犯罪化 289
    • 平等原則 61
    • 夫婦同氏制 27-28, 34, 36-38, 231
    • 不正流用理論 195
    • 物権 106, 121-124, 126-127, 133
    • 物権的請求権 105-107, 111-112, 114-115
    • 不当利得返還請求 139
    • 不文の法原理 59, 63, 65, 67, 69-70
    • 不法領得の意思 252-254
    • フランス人権宣言 44-45
    • 弁護人 262-264, 266, 268-271, 273, 299
    • 法益 250-251
    • 法解釈学 18-19, 206, 310-311
    • 法制度 29, 112, 126, 162, 278, 306
    • 法治主義 60
    • 法的三段論法 211
    • 法と経済学 112
    • 法の一般原理(法の一般原則) 61, 63, 67, 69
    • 法の解釈 20, 59, 117, 252, 277
    • 法律による行政の原理 51, 60, 63, 65
    • 法律の法規創造力 60
    • 法律の優位 60
    • 法律の留保 60-61, 69
    • ホームレス 71, 79
    • 保護観察 283, 302-303
    • 保護法益 197-198, 251
    • ホッブズ 45, 50
  • ま行
    • 身分契約 232-233, 236
    • 身分制的タテ社会 230-232, 238
    • 民事再生法 167, 169-170, 174, 176
    • メンバーシップ型雇用 238
    • 黙秘権 262, 267, 273
  • ら行
    • 利息 137-138
    • 立法裁量 31, 33, 35-36
    • 略式手続 281
    • 利用処分意思 253-255, 257-259
    • 両性の本質的平等 33-35, 37-38, 231
    • 類推解釈 20, 248
    • ルソー 42, 45, 48
    • 例示列挙 216
    • 労働基準法(労基法) 236
    • 労働組合 229, 233, 235, 237-239
    • 労働契約 232-233, 236-238
    • 労働契約法(労契法) 236
    • 労働争議 228-229
    • ロック 45, 51